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早く寝ないタイプにもいろいろある=イラスト・中島美鈴

 今年、SNSで「風呂キャンセル界隈(かいわい)」という言葉が生まれて話題になりました。これは風呂に入ろうとしても、もろもろの事情(力尽きたり、面倒くさかったりして)で入るのをあきらめて寝てしまうことでした。

 すると今度は「睡眠キャンセル」という言葉が登場したのです。これは、もろもろの事情で寝ようとしないことを指しています。睡眠キャンセルはただの遅寝遅起きではないところに注意が必要です。睡眠時間を削っているのですから、長期間続いているとしたら、明らかに体に悪いのです。

ADHDの大人の8割、睡眠に問題

 注意欠如・多動症(ADHD)の方々にはさまざまな睡眠の問題がみられることが知られています。小児期では50~74%がなんらかの睡眠の問題(睡眠障害)を抱えていて(※1)、成人期では80%に睡眠の問題がある(※2)ことがわかっています。

 子どもの場合、幼児期には寝たがらない、寝つきが悪い、寝ても途中で目を覚ましてしまうといった形で、思春期になると授業中など日中に眠気がひどいといった形でみられるようになります。大人の37.7%が、日中の強い眠気を感じている(※3)ことも明らかになっています。

 こうした睡眠の問題が多いADHDの大人の方々に「どんなふうに睡眠キャンセルになるのか」を尋ねてみると、いろんな回答が返ってきます。これまでのお声をまとめてタイプ分けしてみました。対策も併せてご紹介します。

【ADHDの人が睡眠キャンセルしがちな理由】

1. もっと楽しみたい過活動タイプ

2. やるべきことが終わっていない無計画タイプ

3. 明日を迎えたくない現実逃避タイプ

4. まだ眠くない過覚醒タイプ

 ひとつずつ紹介します。

1. もっと楽しみたい過活動タイプ

 趣味もゲームも友達とのつきあいも……、やりたいことが多くて寝るのがもったいないというタイプです。一緒に旅行に行くと、朝から晩までみっちりとスケジュールを入れていて、「あきらかに24時間じゃ足りないでしょ」と思わせるタイプです。

 このタイプの方に寝ていただくには、24時間の予定を書き込めるバーティカル手帳や円グラフのようなものを見せて、「ここに入る分だけの活動ならしていいよ」と視覚的に示すといいでしょう。

 とはいえ、ゲームやテレビ視聴など、いったん始めるとなかなか途中でやめにくい面白いものは、「夜11時から1時間だけ」と決めていたとしても、平気で無視してしまうものですよね。そういう時は、お楽しみを始める時間を工夫します。ゲームが大好きな人は、早朝から朝7時までならやっていい(それ以降だと遅刻してしまう)などのルールを決めて楽しむのも一つの方法です。

2. やるべきことが終わっていない無計画タイプ

 日中を無計画に過ごしているため、いざ寝ようとすると明日の準備が終わっていないとか、今日中にやるべきことが終わっていないなど、バタバタしてしまって、寝たいのに寝られないというタイプです。

 このタイプの方には、その日にやることを「ToDoリスト」として作ってもらいます。そしてそれぞれのタスクを、今あるルーチン(朝食、通勤、会社のお昼休み、夕食後の食器洗いやお風呂など)とセットにしてこなすようにすると、忘れにくいでしょう。

 たとえば、会社の昼休みに、レシートを家計簿アプリで入力したり、ネットスーパーの注文を済ませたりする。夕食の後に食器を洗いながら、明日の天気をチェックして、翌日着ていく服を考えてそろえる、などはいかがでしょうか。お風呂に入りながら翌日のシミュレーションをして、持参物をリストアップするのもいいでしょう。

3. 明日を迎えたくない現実逃避タイプ

 翌日が仕事で嫌だなあとか、気まずい相手と顔をあわせる用事があって嫌だなあとか、そんな明日への嫌悪感から逃れたい気持ちは誰にもありますね。特に寝床に入ると、私たちは活動をやめてしまうため、心の底に抱えているもやもやと一対一で向き合う羽目になります。寝る前に日中の嫌なことを思い出してしまったり、翌日への不安に震えたりしがちなのはこのためです。

 この嫌な時間から抜け出すために、私たちは眠りにつくまで本を読んだり、スマホを見たり、ゲームをしたりして現実逃避します。その行きすぎた例が、このタイプになります。

 このタイプの方には、そのつらすぎる明日のことを聞いていきます。どんなことが不安で怖くてつらいのか。考えないようにし続けるのは、かえって不安を強くします。それよりは、勇気を出して向き合い、棚卸しをして、ひとつずつ対策を考えていく方がマシなのです。ちょうど、たまった膿(うみ)を出す治療のようなものです。

4. まだ眠くない過覚醒タイプ

 ブルーライトやカフェインが入眠を妨げることはよく知られています。睡眠不足のため集中できない体に、元気の前借りをするエナジードリンクにもカフェインがたくさん入っています。こうしたものをたくさん摂取している方は、取り方やタイミングに注意しましょう。

 レギュラーコーヒーなら、体質にもよりますが、1日3~4杯までにとどめるといいでしょう。

 カフェインを取る時間帯も重要です。午後からは控えめにして、午後5時以降は控えるようにするといいでしょう。

 また、眠る1~2時間前からは意識的にブルーライトを近くで見つめるのはやめて、部屋の照明も暗くします。

 日中(特に朝)の太陽に当たることも大切ですが、リモートワークなどで機会がなくなりがちです。通勤の代わりに日の当たる窓際に立って伸びをしたり、洗濯物を干してみたりするのもいいでしょう。

医療機関の受診も考えて

 ADHDは、「実行機能」(計画立てとその実践)という脳の高度なはたらきがうまくいかないことで起こる、というのが有力な原因仮説のひとつです。睡眠という脳によい時間をちゃんと確保することで、実行機能がうまく働くとよいですね。

 ただ、睡眠の問題とADHDは、どちらが原因で結果なのかが複雑に絡まっていて区別が難しいのが現状です。というのも、ADHDそのものに由来する場合▽ADHDの薬物療法に伴う場合▽睡眠の問題がある結果としてADHDのような状態が見られる場合、という3パターンがみられるからです。睡眠の問題が気になる場合には、医療機関を受診して、診断を受けてみることをおすすめします。

【引用文献】

(1) Miano S. (2021). Sleep and attention-deficit/hyperactivity disorder. In Pediatric Sleep Medicine (pp. 627-638).

(2) Instanes J.T., Klungsøyr K., Halmøy A., Fasmer O. B., & Haavik J. (2018). Adult ADHD and comorbid somatic disease: A systematic literature review. Journal of Attention Disorders, 22(3), 203-228. https://doi.org/10.1177/1087054716669589

(3) Oosterloo M., de Weerd A. W., & Boudewijn G. J. (2006). Possible confusion between primary hypersomnia and adult attention-deficit hyperactivity disorder. Psychiatry Research, 143(2-3), 293-297. https://doi.org/10.1016/j.psychres.2005.08.003別ウインドウで開きます

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<なかしま・みすず>

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。(臨床心理士・中島美鈴)

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