ノーベル平和賞を受けた日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)代表委員の箕牧智之(みまきとしゆき)さん(82)らが18日、広島市の平和記念公園を訪れた。原爆死没者慰霊碑に献花し、受賞を報告した。
花を手向けたのは箕牧さんのほか、日本被団協代表理事の田中聡司さん(80)、高校生平和大使で広島市立基町高校2年の甲斐なつきさん(17)。いずれも10日にノルウェー・オスロであった授賞式に出席した。
手向けた花には「無念な死をとげられた34万人の皆様。79年目12月10日ノーベル平和賞を頂いたことご報告申し上げます」とメッセージが添えられた。箕牧さんが読み上げると、その場に居合わせた人たちから拍手が送られた。
箕牧さんは授賞式で賞状を受け取った瞬間、「私がもらったんじゃない。被爆者一人ひとりの活動が報われたんだ」と感謝の気持ちでいっぱいになったという。オスロへは広島市立広島みらい創生高校の生徒たちが用意してくれた銅板製の折り鶴を持参し、ノルウェー・ノーベル委員会のヨルゲン・ワトネ・フリドネス委員長らに渡した。「喜んでくれた」と振り返った。
田中さんは、日本被団協の初代事務局長だった藤居平一氏や、理事長だった森滝市郎氏の写真を授賞式に持参したと明らかにした。「授賞式で流れた音楽を聴きながら、藤居さんや森滝さんの姿が走馬灯のように浮かんだ」と振り返った。
「喜び半分、恥ずかしく、やりきれない気持ちが半分」という。「核兵器禁止条約につれない態度を取っている被爆国(日本)の政府に、肩身の狭さを感じる。どうしたら良いかと考えながらの帰国だった」と話した。
被爆4世の甲斐さんは現地で高校生や大学生と交流。「家族の被爆体験を語ってくれてありがとう」と涙ながらに言われたことが印象に残ったという。「被爆者がいなくなる現実が避けられない中で、どういう形で核のタブーを後世に伝えていけるか、すごく考えさせられた」と振り返った。
3人は湯崎英彦知事にも受賞を報告。湯崎知事は「歴史的な瞬間だったと思う」とねぎらった。