「謎以外に、いったい何を愛せようか」というニーチェの言葉を好んだイタリアの巨匠ジョルジョ・デ・キリコ(1888~1978)。顔がないマヌカン(マネキン)をモチーフにした絵画など、謎めいた作品を残した。100点超の作品が展示されている大回顧展が東京・上野の東京都美術館で開催中だ。本展の音声ガイドナビゲーターを務める役者のムロツヨシさんが「はて?」と首をひねった作品は何?(山根 由起子)
――本展をご覧になり、部屋に飾りたいと思われた作品はどれでしたか?
晩年の「瞑想(めいそう)する人」(1971年)です。いろんなものを身につけすぎてしまったがゆえに、考えることがなくなり、そぎ落とすために部屋に一人でいるように見えますね。それが知恵なのか経験なのか、ねたみなのか優越感なのか……。
重そうな上半身に比べて足が小さく、アンバランスです。背負っているものが大き過ぎるというメッセージが込められている気がします。でも、外界に開く窓もあり、前向きな感じもしますね。
――ムロさんもこんな心境になることはありますか?
人の目や感想が気になる職業ですので、がんじがらめになることはありますね。いろんなしがらみを捨てる部屋をぼくはつくりたい。居酒屋に逃げ込むんじゃなくて……。でもいろんなことを背負いすぎているのに、捨てていいのかどうか分からず、怖がっている48歳の自分もいます。
――謎に満ちた作品はどれでしたか?
「バラ色の塔のあるイタリア広場」(34年ごろ)は遠近感が不思議ですし、広場に迫る影の先に何があるのかが気になります。「福音書的な静物Ⅰ」(16年)は幾何学的ですが、平衡感覚が失われる感じがします。三角定規みたいないろんな道具類が置かれていますが、なぜかビスケットまである。不思議ですね。
――顔がないマヌカンをモチーフとした作品もたくさんあります。
マヌカンとは何なのだろうかと意味を考えるのが楽しいですね。「不安を与えるミューズたち」(50年ごろ)のマヌカンは表情はないけれど、トロイアの王子と妻を題材にした「ヘクトルとアンドロマケ」(24年)は演劇的で、表情があるように思えます。女性らしさが出ているし、男性は武器を背負っているようにも見えます。マヌカンの首の角度には感情が入っているのではないでしょうか。
――デ・キリコはいろいろな作風に挑戦し、90歳まで生きました。
謎を愛した人は、謎を追い続けるために、長生きしたんでしょうね。「17世紀の衣装をまとった公園での自画像」(59年)などの自画像は、ぼくと似て目力が強いですね。「俺を見てくれ」という強さがある半面、不安や恐れを隠していたのかも。そういう内面は絵の中にだけ垣間見えるのかもしれません。
――作品の魅力を教えて下さい。
全く違う世界観が感じられることです。リアリティーがあるのに遠近感に違和感があるなど、いくつもの小さな謎がちりばめられ、確実に大きな謎がある。分からないものがあってもいいんじゃないかという、信念や強さを感じますね。
――現代人にデ・キリコのどんなところを知ってほしいですか?
ぼくもどこかで答えをすぐ見つけたがるのですが、今は検索、検索で疑問にすぐ答えが出てくる時代ですね。デ・キリコは自分で考えた謎を作品にしていく信念があるところがすごい。すぐには分からない、答えが一つではないという「謎」を作り出して描いたことに刺激を受けました。
――役者として、デ・キリコに学びたいことは?
ぼくもどこか「マヌカン」じゃなきゃいけないと思うんです。
――どういう意味ですか??
マヌカンは、たたずんでいるだけで物語が伝わってきますね。演技でもせりふの言い回しや小技に頼るんじゃなくて、マヌカンのように、ただそこにいるだけで存在感があるということができればいいんですけどね。デ・キリコにはどこかでぼくを見ていてもらい、ぼくの喜劇にダメ出ししてほしいな。謎が足りないよとか。ぼくなりの「マヌカン」を見てほしいです(笑)。
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ムロツヨシ 役者、1976年神奈川県出身。99年に独り舞台で活動開始。ドラマ「うちの弁護士は手がかかる」、映画「身代わり忠臣蔵」などに主演。フジテレビ系「だれかtoなかい」に出演中。
デ・キリコ展
◇8月29日[木]まで、東京・上野の東京都美術館。午前9時30分~午後5時30分([金]は午後8時まで)。入室は閉室の30分前まで。休室は[月]と7月9日[火]~16日[火](7月8日[月]、8月12日[月][休]は開室)。一般2200円、大学生・専門学校生1300円、65歳以上1500円。高校生以下無料。[土][日][祝]と8月12日[月][休]、および20日[火]以降は日時指定予約制(当日空きがあれば入場可)。8月16日[金]までの平日は日時指定予約不要。問い合わせはハローダイヤル(050・5541・8600)。公益財団法人東京都歴史文化財団 東京都美術館、朝日新聞社主催。東京の後、9月14日[土]~12月8日[日]、神戸市立博物館に巡回。
詳細は公式サイト(https://dechirico.exhibit.jp/)
◇いずれも作品は(C) Giorgio de Chirico, by SIAE 2024