写真・図版
著書を持つ鮎川ぱてさん(顔を公表していないため、ボカロPの活動時に使っている画像で加工しています)

 「初音ミク」などの歌声合成ソフトで作った楽曲「ボーカロイド曲」(ボカロ曲)が登場して、15年以上が経つ。かつて椎名林檎や宇多田ヒカルの歌に熱狂した40代の記者には、機械的に聞こえる合成音声はとっつきにくい。でも、若者には大人気だ。その魅力とは――。東京大学教養学部で「ボーカロイド音楽論」を教える音楽評論家の鮎川ぱてさんに聞いた。

若者が熱く支持する「恋愛や性の本質に向き合う曲」たち

 「世間にあふれるラブソングとは一線を画す、恋愛や性の本質と向き合う『アンチ・ラブソング』が多いのが、特筆すべき特徴だと思います」

 ボーカロイドは、ヤマハが開発した歌声合成技術の名称。この技術を使い、メロディーや歌詞をコンピューターに打ち込んで歌声を生み出すソフトが、ヤマハや他社などから発売されている。

 キャラクターが設定されているものも多い。代表格は「初音ミク」(2007年発売、クリプトン・フューチャー・メディア)。ミクは青緑色の髪に大きな瞳をもつ少女の姿。16歳の女性とされている。

 ニコニコ動画とユーチューブには、ユーザーが作った膨大な数のオリジナル曲が、映像や画像とともに投稿されている。曲の作り手は「ボカロP」と呼ばれる。

大人気曲「裏表ラバーズ」が描く、「ラブ」に混乱する心と身体

 人気曲のひとつで、鮎川さんが「アンチ・ラブソングの代表格」というのが、ボカロP、wowaka(ヲワカ)の「裏表ラバーズ」(09年)だ。

 ニコニコ動画とユーチューブの再生数は、計3千万超。再生ボタンをクリックすると、白とグレーを基調とした画像が現れた。

 ミクの姿は描かれていないが、「ラブという得体の知れないもの」に直面して混乱する心と身体について、ミクの高い声が息継ぎなく高速で歌う。

 画面に表示された歌詞を見ながら聞くと、疾走感ある激しいサウンドと相まって、切迫感が募ってくる。

 「恋愛や性にひかれつつ、気持ち悪くも感じるという、思春期に多くの人が抱く感情を表現している。これまでヒットしたポピュラーソングではあまり描かれていなかったのではないでしょうか」

自分の性のあり方、大人になることへの葛藤……寄り添うボカロ曲

 てにをはの「ヴィラン」(20年)の再生回数は、両サイトで計約4800万。性的マイノリティーらしき主人公が、恋愛や社会についての葛藤を吐露しているように感じられる曲だ。性のあり方に悩む人に寄り添うこの曲を「トップヒットに押し上げたボカロシーンを誇りに思います」と、鮎川さん。

 成長していくことへの恐れや、大人への複雑な思いをぶつけたような曲もある。

 例えば、椎名もた(ぽわぽわP)が18歳のときに手がけた「普通に歳をとるコトすら」(13年)。自分は普通に生きられないと感じている「ボク」の孤独感を、ピアノの音などとともにミクが優しく歌う。

 Neru(ネル)の「ロストワンの号哭」(13年、両サイトで計約7400万再生)には、自分自身に対するもどかしさや大人への怒りのような感情が感じ取れる。映像には、教室のような空間でひざを抱えてうつむいたり、涙を流して叫んだりしている制服姿の人が描かれている。

 鮎川さんによると、ボカロ曲にも、恋愛をきれいなものとして描くラブソングはある。ただ、そうではない曲に熱い支持が集まるのが、このシーンの特徴だという。

 「ネットにはアダルト広告や『あなたの性的魅力や若さは換金できる』というメッセージがあふれ、幼い頃からそれを目にしてきた若者たちはうんざりしている。恋愛や性をグロテスクだと思い、葛藤する感性を表現するのは、自然なことだと思います」

 ならば、自分で歌ってもいいのでは……?

鮎川さんは東大のほか東京芸術大学でもボーカロイド音楽論を教えており、2011年から活動を始めた「ボカロP」でもあります。記事後半では、そんな鮎川さんが「ボカロだからこそ表現できること」について語ります。

 「いいえ。ボカロだからこそ…

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