写真・図版
11月の「論壇時評」に向けて論壇委員が選んだ論考が載った主な論壇誌

 朝日新聞には毎月、雑誌やネットで公開される注目の論考を紹介する「論壇時評」という欄があります。時評を執筆する宇野重規さんと6人の論壇委員は月に1回、注目の論考や時事問題について意見を交わします。各分野の一線で活躍する論壇委員が薦める論考を紹介します。(以下敬称略)

  • 【論壇時評】衆院選、兵庫知事選が兆す変調の時代 「地べた」から立て直す政治

板橋拓己 国際・歴史

▷木戸衛一「『国民宰相』の再来?」(地平12月号)

〈評〉9月のオーストリア国民議会選挙で極右の自由党が第1党となった。そもそもオーストリアは連合国側が「ヒトラーの犠牲者」と認定したことで、自国のナチやホロコーストの過去を問われることなく戦後に再出発した。ナチの系譜を継ぐ自由党の成功も早かった。極右政党の台頭はヨーロッパではいまや日常の風景だが、オーストリアはこの点で「先進国」である。緑の党出身のファンデアベレン大統領は第1党ではなく、「安定した民主的・親EUの政権を希望する」として、第2党の国民党党首に組閣を要請した。あくまで極右を排除する戦略がいかなる結果を生むのか、今後の動向に要注目だ。

▷伊達聖伸「フランス『ライシテ』から考える政教分離」(Voice12月号)

▷根岸陽太「イスラエル・ヒズボラ紛争を規律する国際法」(世界12月号)

金森有子=環境・科学

▷茅野恒秀「再エネに吹く向かい風」(世界12月号)

〈評〉景観の悪化や災害の危惧を理由に太陽光発電の開発を規制する動きが全国の地方自治体で広がる。気候変動対策としての再生可能エネルギーの導入と、自然・生活環境の保全の要請が対立し、「環境」対「環境」という複雑な構図を生み出している。筆者は立地地域の二つの課題を挙げる。一つは土地利用に関する自治体の総合調整機能が弱く、土地所有者の意向が優先されやすいこと。もう一つは、地域でのトラブルを未然に防止する方策が場当たり的かつ後追いで打ち出されてきたことだと指摘。導入促進に向けて、立地地域の課題に向き合うことが必要だ。

▷沢村香苗「老後ひとり難民急増の衝撃」(中央公論12月号)

▷宮崎雅人「地域経済と民主主義」(現代思想11月号)

砂原庸介=政治・地方自治

▷岡邊健「匿名・流動型犯罪グループ トクリュウの実態」(中央公論12月号)

〈評〉匿名・流動型犯罪グループによる凶悪事件が世間を騒がせている。実行犯は流動的で互いに面識がないこともあるという。強盗事件が注目されるが、主要な犯罪は特殊詐欺である。高齢者の自衛を進めるとともに、困窮状態にある青少年が犯罪に足を踏み入れないようなシステムを作る必要性が指摘される。

 高齢者にとっての電話や、若者にとってのSNSなど、それぞれの世代にとって外の社会とつながる数少ない窓口が犯罪グループの侵入経路となっている。コミュニケーションのチャンネルを増やすということも重要な論点かもしれない。

▷筒井淳也「地方戦略の難しさに向き合えるか」(Voice12月号)

▷三俣学「温泉コモンズの現代的意義と直面する困難」(都市問題11月号)

中室牧子=経済・教育

▷大竹文雄「解雇規制が大量の非正規を生んだ」(文芸春秋12月号)

〈評〉自民党総裁選で話題になった解雇規制について、労働経済学者として厚生労働省における検討会で議論に参加してきた大竹氏が、これまでの議論を整理した論考。日本の解雇規制は、民法上は決して厳しいとは言えないが、制度が複雑で不透明という指摘は非常に重要だ。「裁判をしてみないとわからない」という予見可能性の低さが、雇用調整に備えるため、企業が非正規雇用の労働者を大量に雇うインセンティブを高めてしまったと分析する。雇用流動化は供給力の強化に重要であり、解雇規制の見直しをすべきだ。

▷冨山和彦「解雇規制緩和よりも怖い『ホワイトカラー消滅』への備え方」(プレジデント11月29日号)

▷陣内了「経済オンチくらいがちょうどいい 利上げが必要なのは明らかだ」(文芸春秋12月号)

安田峰俊=現代社会・アジア

▷石原俊「軍事と自治」(現代思想11月号)

〈評〉中国の軍事力増強を前にした自衛隊の南西シフトを受けて変化する与那国島や石垣島など沖縄県・八重山列島についての論考。筆者は離島住民の有事における避難について、憲法改正と緊急事態条項制定ありきの右派も、台湾有事は外交努力で予防できるので住民避難の想定は不要という左派の言説も、八重山の住民の生活感覚から乖離(かいり)していると批判的だ。また本土や那覇の左右対立の言説が島に持ち込まれているとも説く。

 那覇を中心とする沖縄本島は、本島の歴史認識と世界観を「沖縄」全体の意識として無自覚に置き換えがちだ。那覇中心の「沖縄の声」から漏れ落ちた八重山に照射した面白い切り口の論考だ。

▷斎藤淳子「圧縮型発展の曲がり角で」(世界12月号)

▷川口幸大「中国における宗教と信仰の規範」(Voice12月号)

青井未帆=憲法

▷朱喜哲「『われわれリベラル』を再考する」(世界12月号)

〈評〉「リベラル」という言葉の再考を説く。「正義論」のロールズ以降の議論で顕在化したのは、「正義」に値する構想を、権威主義的にならずに全員のための構想として選び出すことは、どうすればできるかという課題だった。筆者は「われら/やつら」という図式ではなく、隣でともに生きる生身の一人ひとりの私どうしがそのまま連なるような「われ―われ」として、自分たちを立ち上げることを主張する。日本でも分極化がかつてとは別の形で広まっており、フェイクニュース問題も示すように、人によって見えている世界が違うのではないか。「われ―われ」がいかに可能か、考えてみたい。

▷会田弘継、藤本龍児「米国を変える福音派とカトリック知識人」(Voice12月号)

▷神保謙「アジア版NATOは成り立たない」(中央公論12月号)

共有