
柳田国男の「遠野物語」の99話目に、次のような話が出てくる。
土淵村(現岩手県遠野市)の助役の弟・福二が田の浜(山田町)に婿に行き、1896年の明治三陸大津波で妻と子を失った。1年後の夜、霧の中で亡き妻と、やはり津波で亡くなった、かつて妻が心を通わせたという男と出会う。妻は「今はこの人と夫婦になった」と福二に告げ、男と共に立ち去る。福二は一晩立ち尽くし、その後、病んでしまう……。
福二は実在の人物で、戸籍上は「福治」といった。
「とても謎めいた話です」。福治の子孫である山田町の元町職員・長根勝さん(65)は、かつて福治が亡き妻と遭遇した浜に立ち、神妙な顔つきで語った。
「不思議なのは、福治がなぜ、この話を誰かに語ったのかということです。誰にも語らなければ、遠野物語にも残らなかったわけですから」
長根さんは福治の4代下の玄…