
多くの歴史小説を手がけてきた直木賞作家・門井慶喜さんが、奈良県内や奈良とゆかりのある場所にまつわる様々なエピソードを紹介してきたシリーズも、今回で最終回。門井さんが「物語論的に完璧なプロローグ」と絶賛する、ある古典作品について文章を寄せてくれました。
「古都」が記憶をとどめる過去の秩序に、なぜ人は引かれるのか。1200年前の貴公子の視点で、古きものが持つ力の秘密に迫ります。
伊勢物語から見える奈良、京都
奈良という街を考えるとき、いつも思い出すことがある。
『伊勢物語』のことである。『伊勢物語』は在原業平の一代記である。
いや、ほんとうはいろんな系列の逸話が入りまじっていて、そう言いきるのはむつかしいのだが、ひとまず一代記としよう。業平は平安時代の貴族である。もちろん家は京都にある。
だが『伊勢物語』は、じつは奈良から始まるのである。第一段の内容を摘記すると、
――むかし男がいて、成人し…