歌人の木下龍也さん=2022年、山本裕之撮影

 「教室を生き抜くための短歌をください」。こんな一人ひとりの依頼をもとに、本人には会わずに歌を詠む。歌人の木下龍也さん(36)が、そうして生み出してきた短歌を100首収めた「あなたのための短歌集」(ナナロク社)が、発売から2年余りで12刷4万部と版を重ねている。1万部でヒットと言われる歌集では飛び抜けた売れ行きだ。

 冒頭のお題をくれた学生に、木下さんはこの歌で応えた。

 〈違いとは間違いじゃない窓ひとつひとつに別の青空がある〉

 「お題は『たこ焼き』です。夫と付き合ってから食べるようになった思い入れのある食べ物です」という依頼に対しては、こう返した。

〈恋人はノアの手つきでうつくしいたこ焼きだけを舟皿に盛る〉

 当初、木下さんは世に出すつもりはなく、便箋(びんせん)にしたためて歌を送った後は、手元にも残していなかった。

 書籍化を望んだ編集者が依頼者に提供を呼びかけたところ、300首を超す歌が届いた。「私だけの短歌だけれど、だれかのための短歌にもなると思う」といった、依頼者の思いに支えられて生まれた一冊だ。

 毎回まっさらな気持ちで臨み、相手に届く言葉を模索し続ける姿勢は、「あなたのための短歌集」刊行後も変わらない。「お題に書かれていないことは、依頼者が書かないと決めたこと。こちらで決めつけないように」と自身を戒め、「その人の状況が数年後に変化していたとしても、受け取れるような歌を」と推敲(すいこう)を重ねる。

 依頼者と顔を合わせず、メールのやりとりだけでお題に応じた歌を詠む。これがふだんの木下さんのスタイルだが、今月26日に朝日新聞東京本社で開く記者サロン「木下龍也さん×AI短歌 あなたのために詠む短歌」(https://ciy.digital.asahi.com/ciy/11013280)では、公開することを前提にお題を募集し、どのような思いで歌を詠んだのか、自ら解説する。

 記者サロンでは同時に「あなたのための短歌集」所収の木下さんの歌をテキストデータとして学習した人工知能(AI)も、木下さんと同じお題に対して短歌を作る。生身の人間が悩みながら生み出した短歌と、瞬時にAIが作り出した短歌は、どう違うのか。それぞれ鑑賞しながら、人が歌を詠むとはどういうことなのか、歌人・木下龍也に迫る企画だ。

 記者サロンは26日19時から。5月3日15時以降、オンラインで配信もする。(佐々波幸子)

  • 【申し込みはこちら】記者サロン「木下龍也さん×AI短歌」

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