大分県宇佐市の田畑に囲まれた場所にポツンとある「黒川さんちのパン」。
2019年3月に、黒川博美さん(54)が1人で始めたパン屋さんだ。
特産品の「味一ねぎ」をふんだんに使った「ねぎパン」に、別府産の黒炭を練り込んだ「黒パン」。
豊富なメニューに加えて、無農薬にこだわった自家栽培小麦を使っている点が特徴だ。
「私、あなたの作った小麦でパン屋さんを始めたいの」
博美さんがそう言って、当時58歳だった夫の正博さんを説得して開いた。
機械設計の仕事を引退し、小麦や米を作っていた正博さんは「そんなにしたいんなら」と、すんなり認めてくれた。
病院で栄養士として働きながら、実母と義父、義母を介護し、みとった博美さん。
3人目の子が高校を卒業したタイミングで「今しかない」と切り出した。
正博さんがすんなり応じたのは、妻の頑張りを誰よりも知っていたからだと思う。
子どもたちからは「安定した仕事を捨てるの?」と反対されたが、パン屋さんは長年の夢だった。
高校生の時から自宅でパン作りを続けていて、バザーに出品したり、子どもたちの部活で配ったり。
趣味として続けてきたが、いつかは店を構えてみたかった。
店舗の新築や機械の導入、小麦用の農機具購入も含めて3千万円近くを借金。
日が昇る前に起きて仕込みを始め、午前11時から午後6時まで店を開けている。
火曜と水曜が定休日だが、その日も仕込みやら何やらで忙しい毎日だ。
店が軌道に乗り始めた時に
博美さんが作ったパンは、ケーキのようにショーケースに並べられている。
ケーキに負けないくらい手間暇かけて作っているのだから、一つ一つ対面で大切に売りたい、という思いからだ。
オープン初日には大勢の人が訪れ、連日売り切れるほど人気に。
しかし、3カ月も経つと次第に売れ残る日も増えてきた。
残ったパンを自宅に持ち帰ると、正博さんは「うん、おいしいな」と喜んで食べてくれた。
パンに最適な小麦を作るべく、肥料を与えるタイミングなどを工夫。
香りや風味、ふくらみ具合など、理想のパンに近づくにつれて、客足も戻ってきた。
店が軌道に乗り始めた2023年10月、「その日」は突然やってきた。
「ねぇ、ちょっとこれのコピ…