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4本のNHK大河ドラマなど、映画やドラマの脚本家として60年のキャリアを築いてきた中島丈博さん。「祭りの準備」「郷愁」といった自伝的要素の濃い名作も多い中島さんが、自身を形作ってきた「みっつ」を選びました。いずれもユニークな「みっつ」です。
中島丈博さんの「みっつ」
①料理 ②ニワトリ ③親父の絵
料理は女房に仕込まれました。出汁(だし)の作り方など基本をたたき込まれているうち、だんだん好きになり、雑誌「dancyu」なんかを読んで研究したりするようになった。今、料理を作らない日はほぼないですね。
調理器具がよくなっているから、レシピ通りに作れば、それなりにうまいものが出来る。ただステーキやソテーは鉄のフライパンじゃないと駄目。焼き上がりが違う。フライパンを煙が出るくらいに熱してジャッと焼く。ふたをした後、頃合いを見計らって、コニャックをぜいたくにぶっかける。炎がブワーッと背の高さくらいまで上がるんだ。気分爽快だよ。そうだ、今、ソテーを作ってあげようか。
《冷蔵庫から豚肉を取り出し、塩こしょうを振って焼いてくれた。写真はレミーマルタンを投じた時の中島さん。まさに気分爽快の表情だ》
作るのも好きだが、食わせるのが楽しい。客が来ると、飛びきりの料理を用意する。ワイワイ言いながら食べればすぐに打ち解けられるよ。
結局、人を楽しませることが好きなんだな。料理と脚本には、エンターテインメントという共通点があると思う。
《鶏は「赤ちょうちん」や「あ、春」など中島脚本の大事なモチーフになっている》
京都にいた子供の頃、白色レグホンを飼っていました。夜店でひよこを買ってもらってね、大抵すぐ死んじゃうんだけど、1羽だけ大きくなったのかな。感心なことに毎日卵を産んだので、可愛がっていた。ある日、学校から帰ると鶏の羽根が大量にむしられ、ふんわりと山のようになっていた。「親父(おやじ)のヤツ、殺しやがったな」と。
家に入ると案の定、腑(ふ)分けされた鶏が丼に入っていた。戦時中の食糧難の時代。カシワを食いたくなったんだね。丼には、産むはずだった卵がブドウの房のように連なっていた。なんで産むまで待っていられなかったのか、と。
《中島さんは1945年に高知県に疎開。高校を卒業して地元の銀行に就職した》
集金かばんを抱えて外回りし…