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朝日俳壇

俳句時評 岸本尚毅

 朝刊歌壇俳壇面で月1回掲載している、俳人・岸本尚毅さんの「俳句時評」。今回は、全句集が出た大峯あきら、綾部仁喜(じんき)という二人の平成の俳人が最晩年に詠んだ句を読み解きます。

 〈青空のここまで降りて菊薫る〉は、十二月刊の『大峯あきら全句集』(青磁社)所収。作者は二○一八年に八十八歳で逝去。その最晩年の作だ。漂う菊の香にかぶさるような空がある。

 〈がちやがちやはまつ暗がりの庭に鳴く〉〈豊年や暮れてしまへば大月夜〉〈白雲のいくつもありて十三夜〉〈秋風のまつすぐに来る門のあり〉なども単純な句姿ながら景を叙して間然とするところがない。いずれも逝去の前年の発表だ。

 〈ねこじやらし過去ことごとく風に失せ〉は、一月刊の『綾部仁喜(じんき)全句集』(ふらんす堂)所収。〈ゆくりなく伸びる髪かも梅雨も老い〉と詠んだ作者は、二○一五年に八十五歳で逝去するまでの十余年を入院病臥(びょうが)。掲句はそのさなかの作で、エノコログサを眺めながら、風に吹かれるように失せ去った過去を思う。〈耳搔(か)きの尻と頭や鰯雲(いわしぐも)〉は仄(ほの)かなユーモア。〈いちまいの窓ある桜月夜かな〉は単純化の妙。人工呼吸器を使う病状ながら〈立春の蚊がゐて重き胸の上〉は諧謔(かいぎゃく)を忘れていない。

 以上二冊から引いた句はいず…

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