米シカゴで8月19日に開かれた民主党全国大会に出演したカントリー歌手のミッキー・ガイトン。星条旗を持って走る女性の映像をバックに歌った=ロイター

ポピュラー音楽研究者・永冨真梨さん寄稿

 カントリーミュージックが熱い。

 2023年8月にはビルボード総合チャートの上位3位を独占し、24年3月にはビヨンセの『カウボーイ・カーター』が総合、カントリー両方のアルバムチャートで1位を獲得した。黒人男性のアーティスト、シャブージーによる「ア・バー・ソング(ティプシー)」も、総合、カントリー両方のシングルチャートで1位を獲得、カントリーのチャートでは24年9月下旬まで14週連続で1位に君臨した。カントリーはもはや一部の白人のための音楽ではなさそうだ。〝新しい〟カントリーが聴かれる現在のアメリカとはどんな場所なのだろうか。

「保守の白人の音楽」としてのカントリー

 カントリーは長らく「保守の白人の音楽」として認識されてきた。このイメージは、1970年代初頭以降に定着した。

 1930年代のフランクリン・ルーズベルトによるニューディール政策を機に左傾化した民主党の支持層、「ニューディール連合」が解体されたことが原因のひとつだと推測されている。この支持層は、白人の労働者階級や人種的マイノリティーなどで構成されていた。しかし、その中でも南部の白人の貧困層やブルーカラーの労働者が、ニクソンを大統領に選出し、さらに共和党内の保守勢力の台頭も加速化させた。その結果、「白人の労働者階級や田舎の貧困層は人種差別や同性愛嫌悪を擁護する保守の白人である」というイメージが新たに普遍化した。白人の労働者階級の音楽として発展してきたカントリーも、反体制の姿勢を重視するロックや、ブラックパワー運動と連動していたソウルの人気を背景に、保守的な価値観を擁護する白人の音楽として、多くの音楽愛好者から遠ざけられるようになった。

 田舎の白人の労働者階級(の男性)と言えば、近年はトランプ前大統領を勝利に導いたグループとして注目された。実際には多様な労働者階級の人々が住む場所であるにもかかわらず、スモールタウンと呼ばれる人口の少ない田舎町は「保守・白人の牙城(がじょう)」というイメージが強められた。これに呼応して、トランプ前大統領を支持する保守層がカントリーのリスナーであると信じる人も多い。

 しかし、これまで人種的・性的マイノリティーとされてきた人々の歴史や営みが映像作品やSNSを通して頻繁に可視化される動きとは裏腹に、反エリート主義を掲げながらも白人優位の国づくりを推進するトランピズムも席巻するアメリカでは、カントリーそのものが「保守の白人の音楽」という構図が成立しにくい。なぜなら、保守派とリベラル派の両方が、同じ文化的アイコンを使って、異なるアメリカのアイデンティティーを闘い合わせるからである。

 そのアイコンのひとつが、カントリーとも関わりの深いカウボーイやカウガール、西部のイメージだ。

 例えば、トランプ主義を支持する極右勢力のカウボーイズ・フォー・トランプというグループは、常にカウボーイ姿で馬に乗って登場し、2021年にアメリカ合衆国議会議事堂の襲撃にも参加した。彼らは、自由と勇敢さと開拓精神を象徴するカウボーイを体現したにすぎない。しかし、彼らを疑問視し、トランピズムを批判する非白人やリベラルの白人にとっては、白人優勢主義の急伸を裏付けるものであり、アメリカの未来が保守の白人に委ねられることを意味した。そこで、彼女彼らもカウボーイやカウガールのイメージを通して、保守層とは異なるアメリカの自由、勇敢さ、開拓精神を主張するようになった。〝新しい〟カントリーが聴かれる現在のアメリカとは、アメリカの代表者として想像されてこなかった人々が、白人中心のものとして構築されてきた文化や歴史を、自分たちのものとして活発に取り戻そうとする場所なのだ。

イーハー・アジェンダとは

 その一例が「イーハー・アジェンダ」だ。「イーハー yee-haw」とは元来、カウボーイや田舎、南部に住む人たちが、喜びなどを表す時に発する言葉だとされる。イーハー・アジェンダは、アメリカのアイデンティティーをつかさどり、トランプ政権下ではそれを独占しようとする「イーハー!」の発話者として想定されてきた白人男性を、非白人、女性、リベラル派の白人に取って代わらせようというポピュラー文化の中での潮流だ。黒人によるイーハー・アジェンダは、2018年に活動家のブリ・マランドロが自身のインスタグラムで黒人のカウボーイ・カウガール姿を投稿したことをきっかけに広まった。カントリーの人種的な定義を揺るがしたリル・ナズ・エックスの2019年の大ヒット曲「オールド・タウン・ロード」や、ビヨンセのウェスタン・ファッションや今回のカントリーアルバムは、その延長線にあるごく一部だ。

 黒人のみならず、クィアのアイデンティティーを持つ者、リベラルな白人も、カウボーイやカウガールのイメージを通して、彼女彼たちの定義するアメリカの良心を主張している。カウボーイ・カウガールのイメージとなじみが深いカントリーは、このような潮流と共に、その〝新しさ〟を顕著にしてきた。

 しかし、この〝新しい〟カン…

共有
Exit mobile version