
東日本大震災で首都圏では鉄道が長時間ストップし、駅や道路は家路を急ぐ人たちであふれた。500万人を超えたと言われ、自治体も企業も「帰宅困難者」対策を進めるが、道半ばだ。
「You can look up information about the facility from the QR code.(施設の情報は、QRコードから調べることができます)」
2月中旬、東京駅近くで鉄道会社の社員が手元の台本を慣れない様子で読み上げ、QRコードが印字された紙を掲げた。被災者役の留学生たちが一斉に自分のスマートフォンをかざし、旅行者や買い物客向けの「一時滞在施設」を検索できるページにアクセス。名前や年齢、性別などを入力した後、近くの施設の受付で、登録済みのスマホ画面を見せて中に入った。
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都内で450万人超の帰宅困難者を想定
450万人を超える帰宅困難者が発生するとされる首都直下地震を想定した訓練だが、入力システムはいまのところ日本語対応のみ。来日して3カ月のネパール人女性(24)は「日本語がよく分からない。困っている外国人がいたら、ジェスチャーを交えて伝えてほしい」と感想を述べた。
都の担当者は「災害時になるべく多くの方にこちらの意図が伝わるよう(多言語化も含め)、工夫していきたい」と話した。
横浜市では英中韓の3カ国語に対応する一時滞在施設も検索できるシステムを開発した。ただ、訪日外国人が利用するホテルの従業員には案内しているが、「発災後、外国人利用者にこのアプリをどうやってインストールしてもらうかは課題だ」(市の担当者)という。福岡市では、受け入れ施設向けの多言語マニュアルはない。
一方、4月に万博が開幕する大阪市は、多言語対応が可能なホテルに外国人の受け入れを依頼し、目標の6万3千人数分の滞在施設を確保できる見通し。市の担当者は「役割分担をすることで、受け入れ側の不安もなるべく減らしたい」とした。
求められる企業同士の学びの場
企業側の模索も続く。
自治体向けコンサルなどを手がける一般財団法人AVCC(東京都千代田区)は震災当時、館内のカフェやスタジオを開放し、妊娠中の女性を含む約300人の帰宅困難者を急きょ受け入れた。
災害時に適切な判断をするには、「日々の積み重ねが大切」との思いから、非常用のトイレや食料を使って過ごす1泊2日の防災キャンプや、災害時に役立つAEDや公衆電話を探すまち歩きなど体験型のワークショップを定期的に実施。インターネットで募った職員以外の人たちも参加する。担当の山田瑞恵さん(57)は「まず体験してみること、知るきっかけづくりができれば」と話す。
担当者が不在でも、社内にいる誰もが発災時の初動対応ができるよう、「First Mission Box」と名付けた手順書を作成したのは、サッポロビール(東京都渋谷区)だ。
「情報班」「安全点検班」など役割ごとにマニュアルを作り、滞在者の名簿作成やゴミ箱、トイレの位置を伝える館内放送のタイミングなどを時系列でまとめる。
コロナ禍を経て、社員1千人のうち、4割ほどが交代で在宅勤務をする働き方が定着したことが背景にある。かつてはフロアごとに防災係を決めていたが、その日に出社している社員で対応することが必要になった。
担当の入澤英雄さん(61)は「我々も防災専従とはいかず、複数の業務を担当している。行政には、金銭的な支援のみならず、工夫している事例を共有できる場、学びの場の提供をお願いしたい」と話した。
専門家「安全確保は地域の価値」
都市災害に詳しい東京大・廣井悠教授の話 都市部で平日昼間に大規模災害が起これば、必ず帰宅困難者が生じる。外国人のみならず、災害時に安全を確保できるという安心感は地域の価値を高めることにつながる。発災直後の混乱を避けるには、企業の一斉帰宅抑制が最も有効となる。地域特性に応じて取るべき対策も異なるため、平時には国や自治体が企業間の連携やノウハウの共有をサポートし、発災時には行政が関与しなくてもそれぞれで対応できる形をめさすことが望ましい。