Re:Ron連載「身体からの解放と体験共有 玉城絵美が描く未来」第4回
「BodySharing」(ボディシェアリング)の技術を使い、好きな体験だけを抽出し、編集・合成して、1日に多くの体験ができるようになったらどうでしょう。
私たちは、この生活様式を「マルチスレッド・ライフスタイル」(並列的な生)と名付け、2029年までに、人間が1日のうちに現実的に対応できる体験量を2020年の3倍に増やすという目標を掲げ、一般社会に広げようとしています。
これは特段、とっぴなことではありません。現在のライフスタイルは、300年以上前の江戸時代に比べ、明らかに移動も通信も容易になりました。特に視覚・聴覚情報の通信部分が、言語情報も含めて容易になったことで、2020年時点の体験量は300年前の体験量の何倍にも増えています。
今回は、ボディシェアリングで得られる近未来の生活様式であるマルチスレッド・ライフスタイルと、将来訪れるであろう世界的な人口減少の時代に、「体験量を増やす」研究が果たす意義について述べたいと思います。
体験を「編集」
例えば、陶芸とスポーツと観光をしようとしたとします。
江戸時代だったら、陶芸をする場所に行くだけで数日かかり、さらにつくるまでに何泊かするのが普通だと思います。でも、現在は、飛行機や電車、バス、車などで移動して「1日陶芸体験」が当たり前になっています。
2029年になったら、どうでしょう。さらに進んで、自宅にいながらにして、陶芸とスポーツと観光を楽しむことができるかもしれません。
陶芸の粘土を選んだあと、こねる作業をショートカットしている間に、メタバース空間内でスポーツの体験を楽しむ。スポーツ体験を楽しんだ後は、陶芸をする場所にいる陶芸家とボディシェアリングして成形だけする。陶芸の成形が終わった後は、観光地に行くまでの行程は割愛して観光地の景観だけを楽しむ。あるいは逆に、観光地への行き帰りが好きな人はそれを楽しむ。
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こうした、隙間時間や自分に必要ないと思った体験をスキップして、他の体験を埋め込んでいく「編集」をすることで、1カ所に居ながら、かつ、陶芸が得意な他者や観光に適したロボットなどのいろんな身体と場所を使いながら、体験の編集と合成をしていく未来を、私たちの研究チームは作ろうとしています。
現在は、サービスの提供という部分で、前回述べたような国際標準化や倫理観の構築など、まだまだすべきことはありますが、国家プロジェクトであるSIP(戦略的イノベーション創造プログラム)で、固有感覚の共有がテーマに採用され、研究だけではなく、産業導入が徐々に進もうとしています。
一例として、スポーツ体験時の固有感覚をコンピューターに入力して、その様子をみんなで閲覧できる段階まで来ています。体験を編集する前の分析段階ではありますが、スポーツ選手のスランプや、いつもできていた動作が突然できなくなる「イップス」の改善に向けた「コンディショニングに関する研究」では、スランプの人がどんな体験への対応性が低いのかという体験分析と、どんな体験を合成すればスランプから脱却できるのかという体験合成を実施しました。
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