1985年、監督として阪神タイガースを日本一に導いた吉田義男さん(右)が甲子園を訪れ、あいさつに来た木浪聖也と握手=2023年9月20日、阪神甲子園球場

 プロ野球阪神タイガースの元遊撃手で、監督としては球団初の日本一を達成した吉田義男(よしだ・よしお)さんが3日、脳梗塞(こうそく)で死去した。4日、球団が発表した。91歳だった。

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 阪神の藤川球児監督は球団を通じ、「偉大な大先輩であり、お元気な姿で再会して叱咤(しった)激励いただけるつもりでいましたので、残念でなりません」とコメント。

 「素晴らしい先輩方が作り上げた伝統を、私たちが責任を持って受け継ぎ、また次の世代につないでいきたいと思いますし、天国の吉田さんに良い報告ができるように、目の前のことに全力を尽くしてシーズンを戦っていきます」と誓った。

 吉田さんと同じ遊撃手の木浪聖也は「グラウンドに来る度に話しかけていただいて、『頑張るように』といつも言っていただいた。それが聞けなくなるのは寂しい思いがある。同じポジションとして、もっと自覚を持ってやっていきたい」と語った。

 選手会長の中野拓夢は「タイガースを長く支えて頂いた方。今年、優勝という結果を良い形でつなげていきたい」と話した。

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