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映画「HOW TO BLOW UP」の場面(C) Wild West LLC 2022

気候変動の話をしよう⑨ 神戸大学准教授・箱田徹さん

 名画にスープをかける。路面に強力接着剤で手をはり付けて車道を占拠する……。物理的な妨害工作を通じて、気候変動の対策が進まない現状を批判し、このままではさらに多くの命が脅かされることを訴える若者らの抗議行動は「エコテロリズム」と呼ばれることがあります。トランプ氏が米大統領に返り咲き、世界が気温上昇の抑制に苦慮する今、気候運動を研究する神戸大学の箱田徹准教授に、欧州での若者の抗議活動の背景やその意味について聞きました。

気候変動への危機感を共有し、多くの人たちのアクションにつなげていく。そのためのコミュニケーションのあり方について、様々な立場の方から、意見を聞くインタビューシリーズです。

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 ――「エコテロリズム」を分かりやすく学ぶためにお薦めな本か映画はありますか?

 昨年日本で公開された映画「HOW TO BLOW UP」は必見です。和訳すると「パイプライン爆破法」。

 舞台は現代の米国。石油産業によって土地を奪われたり、差別を受けたりして苦境にある「Z世代」の若者たちがネットで知り合い、手作り爆弾でパイプラインを爆破しようとする。デモや署名活動では気候変動は止まらない。だからパイプラインを爆破してアピールする、というストーリーです。

 物語の下敷きになっているのは、2021年にスウェーデンの研究者アンドレアス・マルム氏が出版した「パイプライン爆破法――燃える地球でいかに闘うか」という本です。

 映画版は、彼の思想を織り交ぜながら、一級のクライム・サスペンス映画として、気候変動に関心がない人にも訴求できる内容です。北米では「パラサイト 半地下の家族」など野心的な映画を取り上げる映画スタジオ「NEON」が配給し、賛否両論を巻き起こしました。企業広告に関わる僕の友人がみて、「企業の人こそ見るべきだ。自分たちがやっているビジネスにどんなリスクがあるか自覚するべきだ」と言っていました。

「環境先進国」でみたもの

 ――マルム氏に関心を持ったきっかけは?

 私は「パイプライン爆破法」を日本語に翻訳しました。専門はミシェル・フーコーというフランスの思想家の研究なのですが、18年から欧州の気候運動について調べ始めたのです。ベルリン滞在中に、ドイツの褐炭鉱に反対する直接行動や地域の歴史をまとめた映画の上映会にたまたま出かけたことがきっかけです。数カ月後にはケルン郊外の現地闘争に行きました。

 ドイツは「環境先進国」と言われます。確かに再生可能エネルギーは国内総発電量の約6割を占めます。それは素晴らしい。でもケルン郊外に足を踏み入れると、山手線の周回内の面積に匹敵するくらいの大きさの露天掘り鉱山がある。深さ何十メートルもある人工クレーターがあり、そこはいわば「死の世界」。全長100メートルはある巨大掘削機が地表を削り続けて出来上がった景観です。1万年前からある森や、中世からある村が丸ごと破壊されている。こんなことが何十年も続いているのです。目の当たりにすると衝撃でした。

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低品質の石炭「褐炭」を露天掘りで採掘するガルツバイラー鉱山=2022年5月、ドイツ西部ユッヘン、野島淳撮影

 最近の気候運動の歴史を書いたものを探していたら、マルム氏の本がちょうど出版されました。西ヨーロッパのラジカルな気候運動の動きがよく分かりました。

 大きな主張としては、人を傷つける行動は絶対に行わない。だが温室効果ガスを大量排出する資本のオペレーションを停止させるためなら、それに関連する財物にダメージを与えることには一定の正当性がある、というものです。

 ――パイプラインの意味合いは?

 温室効果ガスを大量排出する資本のオペレーションの象徴的な構成要素です。

 これを引き合いに出すことで、温室効果ガスが排出されるまでの流れ全体に光が当たる。化石燃料の採掘現場では環境の不可逆的な破壊や人権侵害が起き、メタンなどの温室効果ガスも排出される。さらに、パイプラインの建設や運用は周辺環境に大きな影響を及ぼす。住民の生活も壊され、健康にも害が生じ、一帯が警察化や軍事化されていく。「環境正義」の問題です。そうやって採掘・運搬された石油やガスが工場や家庭で最終的に使用され、温室効果ガスが排出されるのですが、問題なのは化石燃料の採掘から使用に至るトータルなプロセスです。

 こうした巨大システムが資本主義の通常運行を支えているからこそ、その基幹であるパイプラインが気候闘争の異議申し立ての対象になるのです。マルム氏は、石炭以来の化石燃料の採取、運搬、利用によってまさに成立する近代資本主義のあり方を「化石資本主義」と呼びます。

フランスでも物議

 ――それを変えなければと?

 化石資本主義体制を抜本的に変えることなしには、温室効果ガス大量排出を前提とする社会体制は変わらない。つまり、2度上昇どころか、3度上昇する世界が訪れるということ。

 フランスでは一昨年、「大地の蜂起」というグループが中心になって呼びかけた巨大貯水池の建設に反対する平和的なデモに集まった数千人に対して、警官が激しい暴力的な弾圧を行いました。政府は大地の蜂起に解散命令を出した(最終的には無効に)のですが、その際に「パイプライン爆破法」が名指しで批判されました。こうした「過激な」行動にお墨付きを与える「知的テロリズム」だ、と。

 ――マルム氏の反応は?

 自分の議論は化石資本主義を支えるインフラやロジスティクスの要になる所での直接行動の正当性をめぐる議論の口火を切ったにすぎないとした上で、「私は人ではなく、財物について論じているのであって、個人や集団への暴力を呼びかけたことなど一度もない。(中略)化石資本主義によって、私たちは破壊への道をフルスロットルで突き進んでいる。だれかが非常ブレーキを引かなければならない。もし政府がやらないなら、それをやるのは私たちということになる」と宣言しています。

 ――こうした気候運動の下地はどう築かれているのですか?

 市民的不服従と非暴力直接行動の伝統があります。反原発・反核運動、反戦平和運動、人権、フェミニズム、クィア、移民、反人種主義といった課題に集まる人びと、地域団体、環境保護団体、宗教団体(キリスト教)、労働組合、エコロジスト、反資本主義団体などが一緒になってやっています。

 グレタ・トゥンベリさんのようなケースはまれです。もちろん彼女は自分の有名さを十二分に活用していてすごいのですが。

 大規模動員が可能なのは、こうしたインフラがあるから。青年組織があるので若者が育つ。地域に根ざした若い活動家もとにかく弁が立つ。テレビの討論番組では、政治家がやり込められるくらいです。

 ――彼女は必ずしも日本では人気があるわけではない。「怖い」といった印象すら持たれているとも言われます。

 それは、グレタさんの主張についての説明や情報が少ないせいでは。

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ヨットでの大西洋横断に成功し、緊張した表情で出迎えた市民らを見つめるグレタ・トゥンベリさん=2019年8月、米ニューヨーク、藤原学思撮影

 面白い調査があります。気候運動についてドイツで行われたものですが、座り込みによる道路封鎖といったラジカルな直接行動をどう思うか?とまず質問すると「賛成」は少数派。しかし、彼らがそれをする理由と気候変動の深刻さを説明すると、彼らの行動に理解を示す人がかなり増える。だから、グレタさんについての人気、不人気も、情報伝達の問題が大きいと思います。

「テロ」ではない

 ――マルム氏の主張やラジカルな気候運動に対する箱田さんの評価は?

 彼らがやっていることは「テ…

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