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1月、スイス・ダボスで対談中のオードリー・タンさん=松本紹圭さん提供

Re:Ron連載「松本紹圭の抜苦与楽」第10回

 「私のキーボードには、control(コントロール)とcommand(命令)があるみたいだ。こっちにはescape(逃げる)もあるね。shift(交代)だってあるよ。私にとって最も重要なのは、space(余白)だ。このキーはあらゆるところで余白を創る。しかも、他の全てのキーと連携できるよ」

 台湾の初代デジタル担当大臣をつとめたオードリー・タンさんの言葉です。1月に対話するご縁をいただき、オードリーは「余白を手渡す」ことの重要性について語ってくれました。

 必要あって、自分自身に、もしくは誰かに対して、指示すること(command)も、取って替えること(shift)も、引き下がって逃げること(escape)もあるでしょう。ただ、全てを自分のコントロール(control)下に置いてしまっては、自分が下す判断で物事は結論づけられてしまいます。本当は、自分のいちばん近いところに、そして自分を取り巻くあらゆる世界に、果てしない余白(space)、つまり「可能性」があるにもかかわらず。

 余白を手渡す。それは、「自分の視点」という囚(とら)われた囲いを解いて、囚われた自分(エゴ)の主導権を、未知の世界に明け渡すことかもしれません。自分には、自分の視界に映る範囲しかわかりません。その外側の世界を「ないもの」にして切り捨てず、「不正解」にも「劣っている」にも「悪」にもしない。未知なる世界を「自分の視界」で塗りつぶさないことではないでしょうか。

 オードリーと初めてお会いしたのは2021年秋、『THE GOOD ANCESTOR』(グッド・アンセスター=よき祖先)の翻訳出版を控えた頃でした。オンライン意見交換会でご一緒した際、「私たちが、今、本当にもつべき問いとは何でしょう?」と問うと、「どうしたら私たちはbetter ancestor(よりよい祖先)になれるか、ということです」と答え、「選択肢を未来に残して、good enough(じゅうぶん)な祖先になろう」というメッセージをもらいました。

 今回、オードリーは新たなメッセージをくれました。

 「今日の私はこう言おう。選…

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