認知症によって記憶が失われても、その人はその人であり続けるのか。脳科学者の恩蔵絢子さんは、認知症と診断された母と8年間暮らし、母の日常を見つめながらその答えを探してきました。母の中にある変わらない母。そこからみえた認知症と感情の関係とは。
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――お母様は2015年に認知症と診断され、8年間の介護を経て23年に亡くなられました。脳科学者として母を見つめた著書も出しています。
「認知症になった母との8年間は、母がどういう人であったかを考える時間でした。診断前、私を守ってくれる、話を聞いてくれる存在だった母が本当に変わってしまうのか私自身が不安だったからこそ、母を通して認知症を考えました」
「母はアルツハイマー型認知症でした。記憶をつかさどる脳の部位である海馬が萎縮し、言語など認知機能の低下や見当識障害、料理などの作業のやり方がわからなくなる実行機能障害が表れることなどが知られています。ただ、そうしたことよりも、わからなくなることで自信を失うことによる不安が本人にとって大きなことではないかと思います」
「母は自宅でピアノ講師をしていて、台所に立つことが好きで、活動的でしたが、認知症と診断された頃から会話がかみあわないことが出てきました。本人も自覚があり、恥をかいたと落ち込むことが増えました。私や父の戸惑いの表情にも不安が募ったと思います。最期の方は、視覚から脳に入ってくる情報を理解して処理するのも大変になってきたようで、ソファに座って目を閉じていることが多くなりました。できていたことができなくなり、自尊心が傷つく場面が多くあったせいで、本当はまだできたこともやりたくなくなってしまったのではと今、反省もしています」
最後まで持ち続ける人間らしさとは
――感情にはどのような変化があるのでしょうか。
「海馬が萎縮しても、その隣…