米テキサス州ヒューストンで10月25日、民主党のハリス副大統領の集会に登場したビヨンセ=ロイター

 アメリカの大統領選挙が迫っている。選挙戦の間、音楽シーンがどのように反応していたか、あらためて振り返ってみたい。

米国の音楽の動向に詳しい慶応大学の大和田俊之教授(米文学、ポピュラー音楽研究)に、今回の大統領選にミュージシャンはどのように反応し、向き合ってきたかを寄稿してもらいました。

テイラー・スウィフトをめぐり主張された陰謀論

 今年の1~2月に話題をさらったのがテイラー・スウィフトである。2020年の大統領選でジョー・バイデン支持を宣言した彼女と、新しい交際相手でアメリカン・フットボールのスター選手トラビス・ケルシーが2人でたびたび人前に現れると、一部のドナルド・トランプ支持者らは、スーパーボウル(優勝決定戦)でバイデン支持を彼女がぶちあげるのではないかという懸念からか、「2人は捏造(ねつぞう)されたカップルであり、民主党への支持を潜在的に煽(あお)っている」と主張し始めた。今から振り返れば、こうした陰謀論がまことしやかに流れること自体、今回の大統領選挙の不穏さを予見していたともいえる。

 6月の第1回テレビ討論会の結果、バイデンが撤退し、カマラ・ハリスが次期大統領候補として浮上すると民主党は祝祭ムードに包まれた。トランプが彼女の笑い方をあげつらい、「ラフィング・カマラ」とあだ名をつけると、英国出身のシンガー・ソングライター、チャーリーXCXが自らの最新アルバムのタイトルに因(ちな)んで「カマラはブラット(悪童)」とSNSに投稿、その型にはまらない奔放さこそが魅力だと訴えた。「ブラット」のミームは瞬く間にインターネット上を席巻し、いつも笑っている=冷静さを欠き感情的であるというハリスのイメージをポジティブに反転させたのだ。

選挙戦終盤、ハリスの集会に登場したビヨンセ

 数日後、ハリスはビヨンセの「フリーダム」をキャンペーンソングとするビデオを公開した。ビヨンセは8月の民主党全国大会に出演するという噂(うわさ)がありながら、選挙戦終盤まで姿を表さず、先月25日の地元テキサス州ヒューストンの集会で短いスピーチを披露した。彼女はカントリー・ミュージックに挑戦した最新作「カウボーイ・カーター」で悲願のグラミー賞最優秀アルバム賞を狙っており、あまりに党派性を鮮明にすることでグラミーの投票で不利に働くことを懸念したのかもしれない。

 一方、もともとカントリー・ミュージック出身のテイラー・スウィフトは、9月に行われた討論会の直後にSNS上でハリス支持を表明した――しかも、共和党副大統領候補バンスが過去にハリスをやゆした時に使い、多くの女性の怒りを買った「子供のいない猫好き女性」という言葉を署名に添えて。

記事後半では、世界的に注目されている若手シンガーソングライター、チャペル・ローンの発言をめぐって起きた批判や、両陣営の集会に参加したミュージシャンの属性などから見えてくることについて、論じます。

 だが、アーティストが民主党の政策に全面的に賛成しているとは限らない。

 現在最も注目される若手女性…

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