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長谷川滋利さん

 投手として米メジャーリーグの第一線で、通訳に頼らずに活躍を続けた長谷川滋利さん。渡米直後は「会話についていけなかった」というものの、「日本人は必ず英語を習得できる」と語ります。勉強法や語学への向き合い方を聞きました。

大学時代のあこがれ オリックスで活躍し現実に

 ――英語を勉強しようと思ったのはいつですか。

 大学時代に野球の遠征で米国とカナダに行った時です。英語の成績は良くて自信があったのですが、リスニングもスピーキングも全然できませんでした。もう一度きちんと英会話を学びたい、と思いました。

 ――メジャーは意識していたのですか。

 当時は日本人のメジャーリーガーは誰もいませんでしたし、現実味はありませんでした。商社マンでもマイナーリーガーでもいいから、とにかく米国に住んでみたいという思いが強くなりました。それだけ遠征が楽しかったんです。

 ――オリックス入団後はどうでしたか。

 運良くピッチングコーチが米国人だったので、よく話しかけました。3年目からはオフに自主トレもかねて米国に滞在しました。

 新人王を獲得し、4年、5年と経った頃、次のステップとしてメジャーに挑戦したいという気持ちが強くなりました。当時の球団代表も「日本のプロ野球からメジャーリーガーを出したい」と夢を語ってくれていました。野茂(英雄)投手よりも先に行けそうだったんですよ。

ジョークで沸かせた入団会見 でも実際は……

 ――エンゼルス入団会見は英…

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