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幼年期のさなか、美しい夢から目覚めた私はその素晴らしさを母に語った。母は優しく耳を傾けてくれたけれど、少し物悲しい表情になり「その夢のことも、だんだん忘れてしまうのね」とつぶやいた。こんなに美しいものを忘れるわけがない。首をかしげる私を見て母は微笑(ほほえ)んだが、もしほんとうに夢が消えてしまったらどうしよう。時間の果てしなさにぼんやりと思い至り、ほんの少しだけ恐ろしくなった。
文字と言葉にまつわる静謐(せいひつ)な美術作品を手がけながら、回文の形式で詩作もする美術家の福田尚代さん。「よみがえる」という動詞を手がかりに、自身の制作の原点へと立ち返る随想を寄稿してもらいました。
その日、鮮やかな光景を失う恐れと母の物悲しい顔が気にかかり、私は毎日この夢を隅々まで思いだすことにした。昨日の記憶は今日に、今日の記憶は明日にならまだ残っているのだから、一日一回かならずこの夢を思い返せばいい。それなら永久に忘れることはない、幼いながらにそう考えたのだ。
はたして、私はほんとうにそ…