その日の取材ノートを開くと、乱れた字から、興奮でボールペンを握る手に力がこもっていたことがわかる。

 能登半島地震の被災地で、“未来”が動き出そうとしている――。そう感じた。

のと復耕ラボの「森づくり勉強会」。参加者も順番にショベルカーを操作しながら学んだ=2024年11月7日午前10時35分、石川県輪島市三井町、上田真由美撮影

 昨年11月、石川県輪島市三井(みい)町。県道沿いにある茅葺(かやぶ)き屋根の古民家「茅葺庵(かやぶきあん)」で、全国から集まった老若男女15人が輪になっていた。

 「山林を相続したんですが、獣の出現が切実な問題で」

 「自給自足的な生活にあこがれて」

 「経営しているシェアハウスに薪(まき)ストーブがあり、薪の調達に興味がありました」

 これから始まる「森づくり勉強会」を前に、集まった人たちが参加の理由を話す。年齢も職業も、背景も多様だ。

 自己紹介を終えた一行は、すぐそばの森へ向かった。地元の人たちが「アテ」と呼ぶ石川県の木・ヒノキアスナロが生い茂っている。ここが「森づくり」のフィールドだ。

のと復耕ラボの「森づくり勉強会」では宮田香司さんがショベルカーで実際に細い道を切り開いていった=2024年11月7日午前10時28分、石川県輪島市三井町、上田真由美撮影

 ショベルカーで土を掘り、固め、軽トラック1台が通れる細い道をつくっていく様子を、目の前で見学する。交代で、ショベルカーの運転席にも座った。

 「いま必要なのは『山守』をする人を増やすこと」。講師として招かれた宮田香司さん(53)が言う。日焼けした顔で人なつっこく笑う宮田さんは、福井市で持続可能な森林経営を教える「自伐型林業大学校」の校長だ。

 勉強会を主催したのは、地元の若い世代らでつくる「のと復耕ラボ」。震災後の2月に発足し、古民家「茅葺庵」を拠点に、ボランティアの派遣を担ってきた。

のと復耕ラボの「森づくり勉強会」で自伐型林業について説明する宮田香司さん(左)=2024年11月7日午前9時30分、石川県輪島市三井町、上田真由美撮影

 さまざまな縁がつながり、「森づくり」にたどりついた。

 きっかけは、あの地震だった。

 発災から間もない昨年1月1…

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