「ここに住むには、さらに2千万円かかりますよ」
2022年1月、移住先の物件探しで訪れた山梨県北杜(ほくと)市白州地区の古民家で、弓場宙一(ひろかず)さん(59)と怜子さん(39)夫妻は不動産業者から言われた。
きしむ床、クモの巣が張った天井。家主が20年間不在だった築120年の2階建てだ。「このままでは住めません……」
それでも、ここが気に入っていた。竹林に囲まれ、大きな土間と畳敷きの広間。インターネットの空き家バンクで見つけて一目ぼれした。
美しい尾根の八ケ岳と甲斐駒ケ岳を望み、名水の地として有名なこの白州地区に引っ越すことに決めた。
呼吸が苦しい、初めて思った「死ぬかも」
宙一さんと怜子さんは東京にある医療機器メーカーの同僚だった。
怜子さんは深夜まで仕事に追われ、帰宅は午前0時を過ぎることも。心に余裕のない生活を送っていた。「せかせかする都会の生活を離れ、いつか田舎に住みたい」。職場の先輩で、当時交際していた宙一さんにそう漏らすことがあった。
宙一さんは社内の大きなプロジェクトを成功させるなど充実感を感じていた。
それでも、自宅のある埼玉県内から満員電車に揺られる日々に嫌気がさしていた。午前5時に起き、すいている電車で会社の最寄り駅に着くと、午前9時の始業まで喫茶店で時間を潰した。それでも帰宅時はラッシュにのまれた。
そんな宙一さんに転機が訪れ…