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いろいろあってエレックレコードを離れた後、仲間とアメリカを旅行してたら、国際電話があった。吉田拓郎、井上陽水、小室等でレコード会社をつくるから、入る気はあるかと。最初は信じられなくて、どっきりカメラかって思った。
シンガーソングライターで俳優の泉谷しげるさんが半生を振り返る「叫ぶ、ねたむ、かけずりまわる」。全4回の3回目です。(2025年1~2月に「語る 人生の贈りもの」として掲載した記事を再構成して配信しました)
《1975年、4人でフォーライフレコードを設立。社長には小室が就いた》
芸能界で歌手の立場って低かったんですよ。1位がスター俳優で、次に作曲家作詞家の先生がいて、歌手は3番目か4番目。そこに反旗を翻し、アーティストの権利を主張するということだったと思う。難しいことはよく分からなかったけど、おもしろそうなんで加わった。27歳で取締役に。従業員の面倒なんか見られるわけないけどね。
最初のころは楽しくて、会社に毎日行ってた。そして4人で飲み会。女の子を呼んだときは、陽水がギターを持って「心もよう」なんか歌うと、みんなうっとりしてた。でも俺にはそういう曲がなかった。ファンも男ばっかりだったし。
《会社設立から2年ほどで、ひとり脱退することに》
会社ごっこだと開き直ればよ…