被爆者のトラウマ㊥
突然の光と共に、柱の時計がはじけたような音を立てた。
突発的に激しい雨が降った7月上旬。東京都杉並区の自宅にいた久保田朋子さん(87)は、リビングの天窓に稲光を見た。
息ができない。心臓が縮みあがり、体が動かない。しばらくじっと動かずに、動悸(どうき)がおさまるのを待つ。
雷が過ぎ去った後は、きまって食事が取れなくなる。
「あの日の光を体が覚えているんじゃないかなって」
雷の一番古い記憶は小学生の頃。空が光ると、母のそばへ駆け寄った。恐怖は、母が亡くなった大学生の頃からより強くなった。反射的に、その場にあるもので頭を覆わずにはいられない。兄はいつも、「お前はいい年して情けないな」とため息をついた。
なぜ、こんなに雷が怖いのか――。
銀色とも白ともいえない光
1945年8月6日。久保田さんは疎開先の広島市宇品町にある祖母の家にいた。
雲一つ無い晴天だった。朝7…