相手の石を殺すことにおいては屈指の技術を持つ〝殺し屋〟芝野虎丸名人(24)には、別の特別な能力がある。計量化しがたい中央の模様を価値判断する鋭い嗅覚(きゅうかく)もその一つ。第49期囲碁名人戦七番勝負(朝日新聞社主催)の第5局では、挑戦者の一力遼棋聖(27)が広げた模様に突入せず、囲わせて勝つ鮮やかな手並みを披露した。

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秋の花々を背に感想戦に臨む芝野虎丸名人=2024年10月23日午後4時51分、神奈川県箱根町、北野新太撮影

 棋士は大別すれば「実利派」と「厚み派」に分かれる。囲碁は最終的にそれぞれの陣地の広さで勝負する。両派は囲うプロセスが異なる。実利派は序盤から陣地を稼いで先行逃げ切りを図る。厚み派は手厚い石組みを好み、後から相手の弱点を突きながら陣地を増やし、捲(まく)る。

 名人は厚み派だ。挑戦者は実利派だから途中まで互いにわが道をゆく。名人には確かな陣地が少ない代わりに、まとまれば大地になる模様が発生しやすい。模様に突入する挑戦者との攻防は本シリーズでも見られた。だが第5局は逆の展開になった。名人は実利で先行し、挑戦者は厚みで対抗した。名人は模様に突入せず、囲わせにいった。

 図1 挑戦者の黒石は左辺から中央にかけて重点的に配置され、大模様を形成している。名人の次の一手は、模様の発展を妨げに中央に白石を放つものと見られた。しかし名人の手が向かったのは白1、3。中央からほど遠い、盤から転げ落ちそうな端っこだった。

名人なぜ「端っこ」に向かったのか。囲碁担当の大出公二記者が取材しました。対局室には映画「碁盤斬り」やドラマ「極悪女王」の白石和彌監督が入りました。一力挑戦者と目が合った瞬間と、映画作りの関係とは。北野新太記者が尋ねました。

 「うーん。どうなんですかね…

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