写真・図版
三島由紀夫作品を語り合う(左から)中村哲郎さん、坂東玉三郎さん、高橋睦郎さん

 今年1月、三島由紀夫(1925~70)が生誕100年を迎えた。「椿説弓張月(ちんせつゆみはりつき)」や「鰯賣戀曳網(いわしうりこいのひきあみ)」など新作歌舞伎をはじめ、三島の演劇作品に多く出演してきた歌舞伎俳優、坂東玉三郎さんの講演会が1月、東京都内で開かれた。「三島由紀夫生誕100年祭実行委員会」の主催。評論家の中村哲郎さん、詩人の高橋睦郎さんを聞き手に、三島の残した言葉、そして俳優の目から見たその戯曲の魅力や難しさについて語った。

 三島と玉三郎さんの出会いは67年。当時、三島が理事を務めていた国立劇場の客席だった。その頃、国立劇場に勤務していた中村さんは、その時の三島の反応をよく覚えているという。

 中村「私がお見送りに出ましたら『今、僕のそばに大変な美少年がいたよ』。ただそれだけおっしゃって、お帰りになった。私も興味津々、お座りになった席に行ってみたんです。そこに、ご母堂の藤間勘紫恵(かんしえ)さんと一緒に、優にかそけきお方がいらっしゃった。『ああ、あなたでしたか』ということだったんですね。これが、三島先生が玉三郎さんの素顔にお会いになった初めだと思います」

 三島は2年後、国立劇場で上演した「椿説弓張月」で、主人公・源為朝の妻、白縫姫役に当時19歳の玉三郎さんを起用した。

 玉三郎「実は私、三島先生と、それほどたくさんお目にかかっていないんですね。ただ、『弓張月』の時は、先生が最後にお書きになった(歌舞伎の)戯曲ということで、思い入れが強かった」

 この公演で、三島は演出も担…

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