いつの頃からでしょう。毎日のように100件近いメールに追われるようになったのは。

 「忙しく仕事のできる人ほどメールの返信が速い」

 「できない人ほど遅い」

 なんて言葉を聞いたことがありませんか?

 仕事のできる人は仕事が集まってくるので、当然時間もないわけですが、なぜかメールが即レスだったりします。こういう人は一体どのように日々のメールを処理しているのでしょう。

  • 連載「上手に悩むとラクになる」

 私たちはこうしたメールの処理について、学校で習っていません。それぞれ個人が試行錯誤して自分のベストのやり方を模索しているのが現状ではないでしょうか?

 「いつもどうやってメール処理してる? 見逃したりしない?」

 なんて会話を普段いちいちしませんよね。

 なのに、みんな暗黙の了解で自分なりのやり方を習得していたりします。

 今回はメールにおける意思決定について書いていきたいと思います。

大量のメール、返信する暇がない

 注意欠如多動症(ADHD)の主婦のリョウさんの夫は、メールの返事が遅かったり、ひどいとメールを見落としてしまうこともあったりします。夫もリョウさんと同様にADHD傾向のある人で、不注意のためメール処理への苦手意識があります。

 リョウさんの夫「外回りの仕事の時に、スマホでもメールチェックすると、その場で返すよりあとからパソコンでじっくり返信しないといけないやつもある。でもいったん既読になってしまうと、後から見逃して忘れてしまうんだよね」

 そうなのです。リョウさんの夫はメールを毎日何度もチェックしていますが、移動も多くなかなかゆっくり返事する暇がなく、結局夕方に会社に戻ってから大量のメールをパソコンで返信し始めるのです。

 この作業プロセスの中で一番の無駄は、いったん外回りの際にスマホでメール本文を読んでいるにもかかわらず、夕方帰社した後にもう一度同じ内容を読み直している点です。

 二度手間であるだけでなく、ADHD傾向のある人にとって「一度読んだメールはもう新鮮味がないので、注意を向けられない」ため、読み飛ばしてしまったり、雑に読みすぎて内容を誤解してしまったり、メールに書かれた複数の疑問点のうち最初の一つにしか回答しない返事をしてしまったりするのです。

 他にもリョウさんの夫のメールに関する困り事はこんなにあります。

写真・図版
こんなメールの困りごと、ありますか?=イラスト・中島美鈴

1. 全部まとめて返信しようとすると2時間はかかるし、スピーディーに返信できない

2. メルマガや全体宛てのあまり自分に関係のないメールもたくさんあるので大事なメールが見つけにくい(配信解除が面倒でやってない)

3. 硬い敬語を使わないといけないメールが苦手

4. メールの中に会議URLや地図情報、当日のスケジュールなど大事な情報があるときに保存しておこうと思うが、肝心なときにそれらが取り出せない

5. メールの保管が悪く、取引先との過去のやりとり履歴を追えなくて「以前どこまで話していたっけ」となる

 これらの困り事は、ADHDの特性による説明がつきますし、それに応じた対策もできます。

1. 全部まとめて返信しようとすると2時間はかかるし、スピーディーに返信できない

 →あまりに多くのメールをためてしまうと、とりかかりのハードルが高くなる。よいこらしょと重い腰を上げるエネルギー(活性化エネルギー)がもともと低いので、あまりため込まずにその都度返信していくスタイルに切り替える。ADHDの特性にとっては「鮮度が命」なので、5分以内に返信できるものは初めて読んだときにすぐ返信する。なんとなく面倒だから「あとで」は命取り。

2. メルマガや全体宛てのあまり自分に関係のないメールもたくさんあるので大事なメールが見つけにくい

 →多くの情報量の中から、必要なものに注意を向ける力が弱い(不注意)ため起こる現象。メルマガ配信解除はいったんやってみてもいいタスクだが、完全0を目指すには途方もない作業。メールが来たら、差出人やタイトルから関係のないメールをクリーニングする作業からスタートする。そうすることで視覚的に「わ! 50件来てる」が「大丈夫!大事なメールは10件だ」という安心感に変わる。

3. 硬い敬語を使わないといけないメールが苦手

 →これはADHDに限らず多くの人が苦手とするところ。敬語以外でも、ビジネス形式、英語などいろんな形式が求められるものなので、AIの力を借りて作文してもらうといい。

4. メールの中に会議URLや地図情報、当日のスケジュールなど大事な情報があるときに保存しておこうと思うが、肝心なときにそれらが取り出せない

 →大事な情報をメールの状態のまま保管するなら、「保管」フォルダーを作って移動させておいてもいいし、スケジュールアプリを使っている場合には、場所や会議情報をそこにまとめておくことでメールをとっておく必要がなくなる。

5. メールの保管が悪く、取引先との過去のやりとり履歴を追えなくて「以前どこまで話していたっけ」となる

 →ADHDの記憶力の低さが関連。なかなか過去のことを細かく覚えておけない。相手がこれまでの返信履歴を消して返信するタイプなら「引用返信にして履歴を残して欲しい」と依頼する。そうすることで最新のメールだけ残していれば履歴がわかって便利。もしくはチャット形式のコミュニケーションツールにやりとりを変更する。

 こうして不要なメールを削除しておくことで、メール受信箱をパッと見た時に処理の必要なメールが全部視界に入るようになり、見落としを防ぐことができる。ひとめでわかる範囲以外の場所にメールがあると確実に忘れるので注意。

これだけはおさえたいポイント2点

 長く書いてきましたが、ADHDの方へおすすめするメール処理術は、次の二つに集約できます。

 ・メールは鮮度が命。読んだら5分以内に返せるものにはすぐ返信。難しければフラグをつける

 ・一度定めたメール処理ルールは死守して、例外を作らない。

 お役に立てればうれしいです。

〈臨床心理士・中島美鈴〉

 1978年生まれ、福岡在住の臨床心理士。専門は認知行動療法。肥前精神医療センター、東京大学大学院総合文化研究科、福岡大学人文学部、福岡県職員相談室などを経て、現在は九州大学大学院人間環境学府にて成人ADHDの集団認知行動療法の研究に携わる。

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 このコラムでご紹介したADHDについてもっとご存じになりたい方は、筆者の著書「もしかして、私大人のADHD?」(光文社新書)をお読みください。

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