中野地区復興産業拠点=2025年2月15日午前9時21分、福島県双葉町、朝日新聞社ヘリから、小宮健撮影

 「みなさん、早い者勝ちですよ」

 東京・大手町の会場で1月24日、福島県浪江町の吉田栄光町長(61)が呼び掛けた声が響いた。東京電力福島第一原発事故の被災地への立地優遇制度を紹介するセミナー。福島県と経済産業省などが催し、定員の100人近くが集まった。

 原発事故後、浪江町は計約210億円を費やし四つの産業団地をつくり、県外を含む16社の工場などが入る。6月には約100億円をかけた五つ目の団地が完成する予定で、さらにもう1カ所を計画中だ。町の担当者は「企業からの相談はひっきりなしだ」と話す。

「破格の制度、選ぶ決め手に」

 避難指示が出た12市町村に進出した企業に、最大50億円を出す補助制度(自立・帰還支援雇用創出企業立地補助金)を経産省がつくったのは9年前。建材業の池内商店(兵庫県姫路市)は2年前、国内の物流倉庫の増加を受け、原発周辺の富岡町の産業団地に断熱パネルの生産工場を建てた。総工費は10億円で、3分の2は国からの補助でまかなった。取締役の池内祥大(しょうだい)さん(33)は「破格の制度が、この団地を選ぶ決め手になった」。業績は好調で、隣に第2工場の建設も検討中だ。

 地元が担う産業団地の造成も、ほぼ全額が国費で賄われる。新たに稼働した団地は21に上り、さらに九つ増える見込みで、建設ラッシュがしばらく続く。総事業費は1千億円を超え、活況のように見えるが、政府や地元の期待通りには進んでいない。

戻らぬ働き世代、進まぬ定住

 東京電力福島第一原発から10キロほど離れた福島県富岡町。ベトナム人のゴ・ドック・トゥさん(33)は妻と5歳、3歳の娘の4人で町で暮らす。青果業「彩喜(さいき)」(埼玉県川口市)が昨年、町の産業団地に建てたカット野菜工場の物流課係長だ。東北への商圏拡大を図る同社にとって、関東に近く、雪が少ない福島県の沿岸部は適地だった。

 原発事故により、約1万6千人が暮らす町の全域に避難指示が出たが、8年前に約9割の地域(人口比70%)で解除された。政府は産業団地の整備を通じて、働く場を作り、避難した住民の帰還を促したが、避難指示が長引いた自治体ほど、働き世代の大半は戻らなかった。

 そのため、トゥさんのような新住民の呼び込みが、産業団地整備の新たな目的になった。だが、彩喜の工場で働く約80人のうち、町内に住むのは5人のみ。トゥさん以外は単身者で、多くは20キロ以上離れたいわき市などから通う。

 町は当面「5千人」の人口目標を掲げるが、住民登録をして町内に住むのは2590人(2月1日現在)。人口は伸びず、避難指示の解除に合わせ、地元で買い物ができるようにと開店したスーパーも午後7時に閉まる。「町内に店は少なく、家族だと生活は不便」とトゥさん。工場の年商は10億円と好調で、業務拡大のために地元雇用を増やしたいが、できずにいる。

 自治体や企業側への取材では、避難指示が出た市町村に新たに整備された産業団地では、89の企業・団体で約2500人が働く。放射線量が高く、立ち入りが制限される帰還困難区域を抱える6町村(富岡町、大熊町、双葉町、浪江町、葛尾村、飯舘村)に限ると、従業員約1050人のうち、地元居住者は約15%(約160人)にとどまり、多くは、いわき市など県内の都市近郊から通勤しているという。

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