昨年12月に韓国で「非常戒厳」が出された背景には、戦後の軍事独裁、権威主義体制の影響を指摘する声があります。東アジア哲学研究者の郭旻錫(カクミンソク)さんは、朴正熙(パクチョンヒ)大統領による独裁を思想面から支えた哲学者・朴鍾鴻(パクチョンホン)の源流に、日本哲学の影響があったといいます。
寄稿・郭旻錫さん(京都大大学院講師)
昨年12月3日夜、韓国第20代大統領・尹錫悦(ユンソンニョル)が緊急談話で45年ぶりに非常戒厳を宣布した。市民たちは直ちに立ち上がった。私が教えている学生や同僚研究者たちは、何が起きているのかにわかに理解できない様子だった。説明をすると必ず次のような反応が返ってきた。「日本ではあり得ないことですね……」
戦後の日本における政治とは、停止してしまった日常を復元しようとする力である。戦後民主主義を築いてきた日本からすると、民主主義の基本的な原則の停止を意味する戒厳は、日常が停止してしまうことを意味するだろう。自然災害で日常が停止することは何度もあったが、政治の力によって日常を人為的に停止させることは、「日本ではあり得ない」と感じられたのも無理はない。
今回の戒厳が戦後韓国の権威主義的な政治体制の遺産であることは間違いない。この点からも戦後民主主義を謳歌(おうか)してきた日本とは明らかに違う。しかし韓国の権威主義を象徴している朴正熙(パクチョンヒ)元大統領(1917~79)が帝国日本の体制下で満州国陸軍軍官学校を首席で卒業し、関東軍の将校として務めた歴史的な事実を想起すると、ただのひとごとではなくなる。しかも朴正熙が独裁色を強めた政権後期の「維新体制」を思想面から支えようとした哲学者朴鍾鴻(パクチョンホン)(1903~76)が、戦前日本哲学の有力な潮流だった京都学派にその根をもっていたとすればどうか。
京都学派の創始者・西田幾多…