今年で創立150周年となる広島大学の記念事業が11月2、3日、東広島キャンパスであり、記念講演が相次いで開かれた。作家で元外務省主任分析官の佐藤優氏、ゴリラ研究で知られる前京大総長の山極寿一氏、国連事務次長で軍縮担当上級代表の中満泉氏が登壇し、現在と未来をめぐるそれぞれの視点を披露した。
佐藤氏は、体調不良で来日できなかったフランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏に代わり、同じ「西洋の道徳的危機に直面する今日の日本」をテーマに講演。ロシア・ウクライナ戦争に即して「日本は西洋の道徳的危機から上手に体をかわしていると見ている」と明かし、日本が欧米とは違い、殺傷能力のある兵器をウクライナに提供していないことなどを挙げた。
そして、国際政治は価値の体系、利益の体系、力の体系で別々に見なければならないが、日本の新聞やテレビ、評論家の話を聞いていると、自由や民主主義といった価値の体系しか見ていないと指摘。トッド氏は価値の体系を脇に置いて、利益と力の体系をリアルに見ていくと説明し、国家中枢が価値観外交に偏ると戦略を見誤ると述べた。
さらに、日本が米国と違って軍事へのコミットメントがなぜ低いのかと問いかけ、理由の一つには広島の存在があると指摘。「平和の重要性というのが教育でなされているところが、私たちの下意識・無意識の部分を作っているのかもしれない」と語った。
総合地球環境学研究所の所長を務める山極氏は「教育の本質と国立大学の未来」と題して講演した。人間の脳はゴリラの3倍大きいが、脳容量の増大は言葉の発明ではなく、狩猟採集のための集団化から来ていると説明。マナーやエチケット、食事や服装といった「音楽的コミュニケーション」で結びついた共感力が人間の本質にあるとし、生きる力を育てるために共感力を使った学びの場が重要だと述べた。
また、大学は世界と社会に通じる窓だとし、「競争力ではなく共創力」「『オモロイ』ことを発想し、試す精神を」と呼びかけた。
中満氏は「未来へ~平和で希望に満ちた世界を創(つく)る」をテーマに講演。デジタル技術やAIなど最新技術が世界を変えていく中で、軍拡競争やデジタル情報格差、悪質なテクノロジー使用などのリスクが高まっており、「AIが核兵器システムに統合されればどんなリスクがあるのか、国際社会で議論を始めている時代だ」と指摘し、「新しいガバナンスのシステムを構築していく必要がある」と述べた。
今年の日本原水爆被害者団体協議会(日本被団協)のノーベル平和賞受賞決定にも触れ、「平和な未来をつくるというのは、私たちが手と手を携えていくべき大きな共同作業です」と力を込めた。(編集委員・副島英樹)