The Princess and the Justice

 ドイツ、レーゲンスブルク発。王女はミサに遅刻した。

 グロリア・フォン・トゥルン・ウント・タクシス王女は、シルクのスカーフと真珠のネックレスの上に暗い色のロングコートを羽織り、500部屋ある自身の宮殿の一部である中世の修道院を急いで通り抜けた。バイエルン地方の肌寒い秋の夜、外では雨が降りしきる中、王女は祈りを捧げるために礼拝堂に到着した。

 部屋は赤く照らされ、地下の納骨堂から明かりが差し込んでいた。そこには、ひつぎにおさめられた夫や他の家族が安置されている。王女はひざまずき、柔らかな鐘の音が響いた。神父が祈りを捧げる中、夕食の招待客である英国の男爵夫妻がそこに加わった。

 1980年代に、宝石をちりばめたティアラとカラフルな色のモヒカン刈りで国際的な舞台に登場したグロリア王女(64)は、その後ヨーロッパの極右勢力とつながりのある保守的なカトリック信者へと変貌(へんぼう)を遂げた。故郷ドイツでは、反中絶、反移民の扇動者である彼女は、新たな仲間をヒーローとして迎えた。2023年の夏、彼女の音楽祭にゲストとして招いたサミュエル・アリート判事だ。

 この訪問により、アリート判事にとってはヨーロッパの貴族の世界が開かれ、王女にとっては自身の主張と音楽祭の宣伝を助けてもらうことができた。彼女は、この友情を自然なものだと思っている。

 「私はカトリック信者として彼と知り合い、彼が人工中絶反対派の判事であると知りました」と、音楽祭の開催地であるレーゲンスブルクの宮殿でのインタビューで彼女は語った。「私にとっては素晴らしいことでした。なぜなら、私の知り合いには人工中絶反対派はほとんどいないからです」

 この関係が明るみに出たのは9月、アリート判事が年次財務開示報告書に「グロリア・フォン・トゥルン・ウント・タクシス。コンサートチケット。900ドル」と、興味深い贈り物について記載したためである。最高裁判所には直ちに記者からの質問が殺到したが、アリート判事は詳細を説明せず、コメントの要請にも応じなかった。

 ミック・ジャガーやアンディ・ウォーホルとパーティーをしたこともあるこの王女は、隠すことはなかった。当初は質問に抵抗を示していたが、テキストメッセージに時々返信するようになり、最終的には宮殿でのインタビューに応じたのだった。

 「私が政治に関して唯一関心を持っているのは、人工中絶に反対し、出生率を上げるために闘っている人々がいる点です」と彼女はインタビューで語った。「自分たちの子孫を殺し、出生率を下げることで、結局、私たちは自分たちの種を絶つことになるでしょう」

 彼女は、宮殿のフレスコ画や巨大なシャンデリア、神聖ローマ帝国時代からの書物などに来客を案内した後、キース・ヘリングやケヒンデ・ワイリーなどの現代アート作品が飾られた自身の私室で語った。

 王女は、政党には属していないと言ったが、ハンガリーのビクトル・オルバン首相を称賛し、極右のドイツ人政治家マクシミリアン・クラー氏を今夏の音楽祭で上演される「カルメン」の公演の最前列に招待した。

 彼女がアリート判事とどうやって出会ったかを説明するには、最初から始めるのがいいだろう。

  • 【注目記事を翻訳】連載「NYTから読み解く世界」

かつてパーティー好きとして知られたドイツ出身の伯爵夫人。夫を亡くし、人工中絶反対のカソリック信者となった彼女は、いかにして保守派の米最高裁判事サミュエル・アリート氏と懇意になったのか。

■プリンセスTNT…

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