奈良盆地から大阪平野へと流れ、大阪湾に注ぐ大和川。その流域にある奈良県の水田2カ所が7月30日、全国初の「貯留機能保全区域」に指定された。
盛り土などの開発を制限し、雨水をためる機能を保つ狙いで、3年前の法改正でできた新しい制度だ。豪雨の増加が見込まれ、治水工事のハード対策に限界があるなか、土地利用の工夫で被害を減らしていく、これからの治水の先駆けの事例といえる。
どんな制度で、どんな背景があるのか。
将来にわたり遊水機能を保つ
貯留機能保全区域になったのは、川西町の3.7ヘクタールと、田原本(たわらもと)町の11.6ヘクタールで、奈良県が30日付で指定した。
両町長とともに記者会見した山下真知事は「指定により遊水機能が広く認知され、将来にわたり保全されることが期待される。さらに多くの区域を指定させていただきたい」と述べた。
このうち、川西町で指定された区域はJR法隆寺駅の2キロあまり南東、大和川と飛鳥川の合流点の上流側に位置する。おもに水田が広がり、その上流側には、堤防に沿うように住宅が並んでいる。
川に挟まれて水が集まりやすい場所で、2017年10月や昨年6月の豪雨では、一帯が広く冠水した。
保全区域になると、新たに盛り土をしたり、塀を設置したりする工事は県への届け出が必要になり、県は助言や勧告ができる。土地を自由に使いにくくなる規制だが、17人の地権者全員が同意したという。
「もともと水がつきやすい場所で、これからの雨は予想がつかない。いいことだと全員が受け入れてくれた」。地元自治会の会長を務める吉井基裕さん(74)はこう話す。
付近の住宅は、やや高い土地にあったり、かさ上げをしていたりするため、昨年の豪雨では浸水を免れた。しかし、低い位置に立つ倉庫もある。開発や雨の降り方の変化で水位が上がりやすくなっていることも実感してきたという。
水害の心配が増す一方で高齢化は進み、農業の担い手も減っている。地域としては、区域指定を将来の遊水地整備につなげていきたいという。遊水地になれば、さらに掘り下げることで、より多くの水をためられる。
氾濫を受け止める水田
ここに限らず、奈良盆地は平らな土地に水田と住宅が広がり、大和川の支流や水路があちこちで合流している。下流側で流れが詰まったり、雨が一気に流れ込んだりすれば、排水が追いつかずに水があふれる「内水氾濫(はんらん)」を招きやすい。
水田は、その受け皿の役割を果たしてきた。埋めてしまうと、行き場を失った水が周辺へと広がることになる。
川西町の面積は6平方キロ弱で、大部分が浸水想定区域にあたる。持続可能なまちづくりには治水対策が欠かせない。
小沢晃広町長は会見で「ハード対策を進めてきているが、気候変動により大雨が起こるなか、十分な対策はなかなかできない。取り組みを広げていきたい」と話した。
川をはさんだ隣の地区でも、すでに保全区域の同意手続きが進行中だ。別の合流点付近では、来年の完成に向けて国による遊水地工事が進んでいる。
流域治水の新制度 「農家にインセンティブを」
この区域指定は、21年に成立した流域治水関連法の一つ、改正特定都市河川浸水被害対策法にもとづく。流域全体で様々な対策を組み合わせて被害を減らす「流域治水」の実現に向け、新設された制度だ。
宅地のミニ開発や太陽光パネルの設置などで、低い土地が無造作に埋め立てられれば、もともと備わっていた治水機能が損なわれてしまう。区域指定は、その歯止めになる。
指定されても、土地は民有地のまま。いわば、水田や畑のまま維持し続けることを約束するようなものともいえる。
恩恵は、上下流に及ぶ。ただ、地権者にとっての直接のメリットは乏しいのが現状だ。3年間は固定資産税が軽減されるものの、農地の固定資産税はもともと低く抑えられている。
「農地を守っている住民の方々にとって、これは農業継続の決意の表明。インセンティブがもっとあっていい」。田原本町の高江啓史町長は、会見でこう訴えた。区域指定の説明の過程では、農業への支援を求める声が上がったという。
区域指定は、面積が広いほど治水機能が保証されることになる。地域の将来の姿にもかかわり、住民や地権者の合意形成は欠かせない。全国各地で取り組むうえでも支援は課題になりそうだ。
背景に奈良の「宿命」
そもそも、なぜ大和川流域が全国初になったのか。
大和川水系は、法改正後に「…