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事故当時の両機の動き

 1月に起きた羽田空港の航空機衝突事故をめぐり、国の運輸安全委員会が25日、経過報告書を公表した。海保機、管制官、日本航空(JAL)機の3者の事故経緯をまとめた報告書からは、様々な要因が重なり、事故につながった可能性が浮かび上がってくる。

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 海保機は事故が起きた1月2日、能登半島地震の救援のため、新潟航空基地に向かう予定だった。指令が出たのは午後2時55分。支援物資が羽田に届くのが遅れたが、基地職員や特殊救難隊員も協力し、毛布100枚や非常食800人分などの物資を急いで積みこんだ。

 荷下ろしにも時間がかかると見込まれた。男性機長は「羽田空港に戻った後の乗員の帰宅方法についても考慮し、なるべく急ぎたい」と考えていたという。出発前には補助動力装置に不具合が生じ、予定より40分遅れで滑走路に向かった。

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管制官と海保機のやりとりと認識

 海保機はJAL機の着陸を知らなかった可能性もある。公開された交信記録によると、海保機が、滑走路を担当する「タワー管制(飛行場管制)」の周波数に切り替えて交信を始めたのは、管制官とJAL機が着陸の許可に関するやり取りをした約10秒後だった。

 管制官→海保機「No.1,…

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