ハン・ガンさん=2024年4月

 今年のノーベル文学賞は韓国の作家ハン・ガンさんに決まった。翻訳家の斎藤真理子さんに寄稿してもらった。

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 この世の最も残酷な場所から響いてくる、あまりに親しみに満ちた声。血の通った、そして血を流しつづけている人類の小さな声。

 ハン・ガンの小説にはそれが充満している。

 「歴史的トラウマに立ち向かい、人間の命のはかなさをあらわにした強烈な詩的散文」

 授賞理由のこの部分を読んだとき、とても韓国らしいと思った。「歴史」と「詩」は、韓国文学のキーワードだからだ。いや、韓国自体のと言ってもいいのかもしれない(さらに言うなら朝鮮半島全体がそうかもしれない)。

 日本による植民地支配、南北分断、朝鮮戦争、そして軍事独裁政権による人権弾圧。韓国の現代史は満身創痍(そうい)である。その中で長い間、詩人の想像力は武器であり、希望だった。ハン・ガンももともとは詩人で、デビューしたのも小説より詩が先である。

 詩的散文とはどういうことだろうか。それは単に、語彙(ごい)や表現が詩のようだということではない。生と死の境界、夢と現実の境界を突破する、繊細にして強靱(きょうじん)な文体が評価されたのだ。

 ハン・ガンを世界的に有名に…

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