就職活動中の学生に自社の魅力を伝える「採用動画」を制作する企業が増えている。会社説明やインタビューなど、様々なスタイルの動画が作られる中、社員に密着したドキュメンタリー風の動画も登場し、関心を集めている。
工場から運び出された新幹線が、クレーンでつり上げられて貨物船に積み込まれる。製造に携わった日立製作所の鉄道部門の若手技術者を追った短編ドキュメンタリーの一場面で、YouTubeで1万回以上再生されている。
制作したのは、従業員9人の「ハレクラニ フィル」(東京都世田谷区)。映像による企業ブランディングを目的に、企画から撮影、編集、コピー制作まで一貫して請け負う。
かつてはグルメサイトを運営し、飲食店のPRで調理風景などの動画をアップした。企業紹介の動画制作を本格化させ、新卒採用を目的にした動画に力を入れることになった。
原達朗社長(55)は映像技術を学ぶうちに、動画慣れした若者世代にはドキュメンタリーの手法が共感を呼びやすいことに気づいたという。「社員に密着して仕事に対する思いや夢、悩みなどを映像とコピーで表現できることが強み。台本のないリアルな物語で社員像を伝えることが、その企業への共感、採用応募へのエントリーにつながる」と話す。
所属するフィルムディレクターの武田晋助さん(45)は昨年11月、医療用医薬品卸「酒井薬品」(本社・東京都三鷹市)の採用動画の制作のため、撮影スタッフとともに営業担当の男性に3日ほど、密着取材した。
営業所から車に乗って取引先を回る男性社員(40)に同行し、薬局で薬剤師とやりとりする姿を、スタビライザー(安定器)付きの一眼レフカメラで撮影した後、路上で男性にインタビュー。仕事の内容とともに、どんなところにやりがいを感じるかなどを語ってもらった。営業職にもかかわらず「人と話すことが苦手」といいながら、「できることを確実にやる。手を抜かない姿を(顧客に)見てもらいたい」という言葉を引き出した。
武田さんは、テレビのドキュメンタリー番組の制作に長く携わってきたが、3年前に転職。「テレビ業界に限界を感じていた時に、ウェブで動画を見て、ここなら自分のスキルを生かせると思った」と振り返る。
印象に残っているのが、ホテルやゴルフ場などを運営する「リソルホールディングス」(本社・東京都新宿区)の採用動画で、東京・秋葉原のホテル勤務の女性社員に密着。夜勤の合間のインタビューで、女性が福島県出身で原発事故の避難先で風評被害を受けた経験から、日本ではマイノリティー(少数派)の外国人旅行者にもできるだけ優しくしたいという思いを打ち明けてくれた。「なるべくカメラを意識させないよう工夫した。長時間にわたって密着するドキュメンタリーの手法だからこそ、上司も知らなかった本当の思いを引き出せた」と武田さんは話す。
ホテル業界は、インバウンド(訪日外国人)需要の回復による人手不足で、働き手の奪い合いが続いている。リソルHDでは採用動画を就職活動中の学生に見せたところ、「実際に働く姿を見られて入社後をイメージしやすくなった」などと好評で、その効果もあって、今春の入社予定者は前年の倍に増えたという。人事担当者は「最近の若者は待遇が同じならば働きがいを重視する傾向にあり、こうした動画だとそれが伝わりやすい」と話す。
ITソリューション事業を展開する「マーブル」(本社・東京都中央区)は、グループ13社が統合して新たな社名になるのを機に、採用動画を作ることにした。システムエンジニアを中心に社員8千人を数えるが、官公庁を含めた企業間取引(BtoB)が中心のため、学生への認知度を高めることが課題だった。
ハレクラニ社と相談し、文系出身で入社時はプログラミング未経験だった若手の女性社員を主人公に選んだ。動画では「人の役に立ちたい」と警察官を志したが夢はかなわず、進路に悩んだ末に、自衛隊にIT技術が使われていることに興味を持って入社したことを紹介。先輩に教えてもらいながらプログラミング技術を身につけ、社会インフラのシステム構築の仕事に前向きに取り組んでいることを盛り込んだ。
動画は昨年10月の内定式で披露し、就活サイトにもアップ。来春入社予定者の採用活動で前面に押し出し、今春の入社予定者よりも100人多い600人規模の採用をめざす。シリーズ化の検討も始まっており、各職場の責任者からは「ぜひうちの若手を取り上げてほしい」といった声が相次いでいるという。
人材サービス会社「レバレジーズ」(本社・東京都渋谷区)が、就活中の大学4年生を対象に2022年7月にした調査では、300人の回答者のうち7割以上が採用動画を見たとした。視聴後に「志望度が高まった」としたのは約7割に上り、5割近くが選考参加や内定承諾の決め手になったと答えたという。
ハレクラニ社の原社長は、「企業が学生に選んでもらうためには、独自性や魅力を論理的に伝えるだけでなく、感情を動かさなければ行動に結びつかない。ドキュメンタリーは感情に訴えやすく、効果的な手法だ」としている。