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ドームハウスの前でバイオリンを弾く牧野時夫さん=北海道余市町、三浦英之撮影
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 くわで大地を耕し、音楽で心を耕す――。そんな北東北の詩人・宮沢賢治の理念を実践しようと、北海道の農家らが中心となって1994年に設立された「北海道農民管弦楽団」が、今年で設立30年を迎える。農民楽団を作った理由や、これからの夢について、代表の牧野時夫さん(62)に、広大な農地の前でバイオリンを弾いてもらい、語ってもらった。

 緑の中で風に吹かれながら音楽を聴く。とても気持ちがいいですね。

 そうでしょう? 農業や音楽って、とっても気持ちのいいものなんです。92年に北海道余市町に有機農園「えこふぁーむ」を設立して以来、自然卵養鶏の鶏ふんを中心にした有機肥料を用いた農法で、100種類以上の果物や野菜などを栽培し、全国の消費者に直売しています。

 楽団を作った経緯は?

 大阪生まれ、山梨育ちです。3歳でバイオリンとピアノを始め、北海道の自然に憧れて北海道大に入り、入学後に農業に関心が深まり農学部に進みました。北大交響楽団や市民楽団などで演奏していたのですが、その頃から大地に根を張って生きようとした賢治の生き方や、彼の「農民芸術概論綱要」などを読み、将来は仲間たちと農民オーケストラを作れないかと夢見ていました。

 大学院修了後、勉強や資金をためるために本州のワイン会社に就職。30歳の時に離農した人のブドウ農地を買い取って、余市町で有機農業を始め、2年後の94年8月、有機農業の学習会で久々に再会した音楽好きの仲間たちと、念願の農民楽団を作ることにしました。

 世界的にも珍しい楽団です。

 楽団員は現在約60人。多くが農家や農業関係者なので、農作業が忙しい春夏秋には集まることができません。農閑期の冬に練習を重ねるのですが、残念ながら、吹雪や積雪などで全員が集まることはまずありません。前日に全員が顔を合わせ、公演直前まで猛練習。第1回の演奏会も大吹雪で、観客よりも演奏者の方が多かった。

 それでも、音楽を愛するメンバーが集まって練習を重ね、道内各地で毎年、定期演奏会を開き、デンマークでの海外公演も行いました。2013年には、賢治の故郷・岩手県花巻市でも演奏し、それをきっかけに13年には東北にも農民管弦楽団が発足。来年2月2日には札幌コンサートホールで、東北農民管弦楽団と合同で設立30周年の記念コンサートを開く予定です。

 音楽と農業は似ていますか?

 とても似ていると思いますね。特に有機農業とオーケストラは似ている。みんなで演奏して一つの曲ができあがるように、太陽や水、土や微生物が有機的に協力し合って、農作物が収穫できる。

 私は農業をしながら音楽をしたいだけではなくて、すべての人が大切な存在であると認識され、個性を発揮してお互いを支え合う、そんな地域や社会を作りたい。

 6月には、NPO法人「余市農芸学舎」を設立しました。

 10年以上前からの構想でした。賢治が農民たちを集めて農業芸術論などを講義した「羅須地人協会」や、デンマークのフォルケホイスコーレの理念を共有し、月1回、農作業や文化的な活動を行っています。

 生きるための労働に専念するだけでは、人間は幸せになれません。生きるために必要な「技」を学ぶと同時に、人間が人間らしく幸せに生きる必要な芸術や文化について、学んでいきたい。

 一部の特権的な人だけが手に入れられる「芸術」ではなく、大地に根ざした、暮らしと共にある芸術や文化を創造していけたらいいなと思っています。(三浦英之)

農民芸術概論綱要(抜粋)

 おれたちはみな農民である ずゐぶん忙がしく仕事もつらい

 もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい(中略)

 世界がぜんたい幸福にならないうちは個人の幸福はあり得ない(中略)

 われらに要るものは銀河を包む透明な意志 巨きな力と熱である

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