写真・図版
完成した「クルミ豆腐」。ショウガみそをつけて食べる=岩手県奥州市、三浦英之撮影
  • 写真・図版
  • 写真・図版

 「クルミの味がする……」。取材で訪れた北上山地で、元養蚕農家の高齢男性と食事をしていた際、そんな感想を聞いて驚いた。その時食べていたものがクルミや木の実ではなく、貝だったからである。聞くと、この地方ではまんじゅうでもサンマでも、おいしいものはみな「クルミの味」と表現するという。

 クルミは岩手の特産だ。東京などで食されている洋グルミとは違い、殻が硬い和グルミ(鬼グルミ)で、実は小さいものの甘みが強い。男性は「クルミ餅もおいしいけれど、クルミ豆腐はもっとおいしいよ」と教えてくれた。どんな味なのだろう? 「岩手県食の匠(たくみ)」の高橋千鶴子さん(62)に作ってもらった。

 「奥州市江刺に伝わる郷土料理です。約100年前、京都の寺でごま豆腐の作り方を覚えた僧侶が、江刺のクルミを使って作ったとされています」

 高橋さんは奥州市出身。クルミ豆腐は、お盆や法事の精進料理における、刺し身の代わりとして作られてきたという。同じく「食の匠」である佐々木エイコさんに作り方を教わり、郷土の味を広める活動を続けている。

 すり鉢を使い、和グルミを油分が出るまですり潰す。少しずつ水を加えながら、混ぜてのばし、目の細かいザルでこす。鍋に入れて本くず粉と砂糖を入れて火にかけ、へらを使って練り上げる。

 もったりとした重さになったら、ひとつまみの塩を入れ、ラップを敷いた箱に入れて常温で4、5時間冷ます。厚めの短冊状に切り、大根のつまなどを添えて出す。

 ショウガみそをつけたり、白だしにワサビを落としたりして食べると、クルミの甘さが口いっぱいに広がる。「洋グルミで作ったこともあるのですが、和グルミ特有のコクが出ない。まったく別物になってしまいました」

 冒頭の高齢男性は約80年前、戦争に行った。出征の朝、妻は食卓にクルミ豆腐を並べた。「帰ってくる身(み)」。そんな願を掛けたのだという。

 高橋さんは「郷土食には、いくつもの人や地域の歴史が刻まれている。少しでも長く、郷土の味を引き継いでいきたい」と話している。

     ◇

 水沢ガスショールーム・キッチンスタジオ(奥州市)は25日、高橋さんのクルミ豆腐の講習会を開く。定員10人・参加費1200円(税込み)。参加希望は同ショールーム(0197・25・8888)まで。

共有