松田邦紀・駐ウクライナ大使=日本大使館提供

 ロシアによるウクライナの全面侵攻を現地で見続けてきた松田邦紀・駐ウクライナ大使(65)が10月12日、退任を迎える。2年半以上が経っても終わらない戦争に、いま何を思うのか。9月末、キーウ市内で朝日新聞の取材に応じた松田大使の言葉とともに、ウクライナ侵攻と在任中の体験を振り返る。

 「9月の終わりなのに、キーウはまだ夏の気配が残っています。エネルギー省の幹部は『冬がそれほど厳しいものにならなければいい』と私に語りました。3月以降、ロシア軍によるエネルギー施設への攻撃が相次ぎ、電力不足が深刻になると言われているからです」

 《松田大使がウクライナへの着任内示を受けたのは2021年6月、パキスタン在任中だった。ウクライナでは東部ドンバス地方で、14年から紛争が続いていた》

 「『ウクライナで不測の事態に備えてくれ』。言外にそんなメッセージが含まれた辞令だと受け取りました。一方、21年8月には(イスラム主義勢力タリバンによって)アフガニスタンのカブールが陥落。大混乱のなかで米軍が撤退しました。『米国を含め、西側の力が確実に弱っている』。そう感じました」

キーウで2021年12月、ゼレンスキー大統領(右)に信任状を奉呈した松田大使=日本大使館提供

 「3年前のウクライナへの着任時はパキスタンから飛行機を乗り継ぎ、イスタンブール経由でキーウへ。街路樹は黄や赤に色づき、妻と2人、『ヨーロッパに来た感じがするね』と話したことを覚えています」

 《着任直後から、ウクライナにおける緊張は高まり続ける。21年12月には、10万人規模のロシア軍が国境付近に集結していることが判明。外務省は22年2月11日、ウクライナ全土の危険度を最も高い「レベル4」に引き上げ、退避を勧告した。全面侵攻が始まる13日前だった》

 「(侵攻開始の)2月24日は、午前4時前に目が覚めました。胸騒ぎがしたのです。ウクライナの国防省や内務省の幹部と連絡を取り、最後まで残っていた4人の大使館員を公邸に集めました」

 「2階の窓から、ミサイルが…

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