小林武彦さんは、この度付き水中めがねを相棒にシュノーケリングをする。「海の中は不思議な形の生き物がたくさんいる。それを見ると、脳のいろんな場所が活性化して楽しいです」=東京都文京区の東京大学、篠田英美撮影
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 新書「生物はなぜ死ぬのか」を著した生物学者の小林武彦・東京大学教授(60)は、細胞が老化する仕組みを研究する。二つの視点を広めてきた。死ぬ生き物だけが進化して生き残っている。「ヒト」には、シニアに重要な役割がある。こうした思考は、海から生まれた。毎週のように楽しむ趣味から語ってもらった。

海は生物の宝庫

 シュノーケリングがあまりにも好きすぎです。4月末から11月にかけて、ほぼ週末ごとに出かけます。静岡・西伊豆まで日帰りで。もう17、18年になります。水に飛び込んだ瞬間の解放感と、目の前に広がる別世界がいい。何よりも陸上とは違う生き物ばかり。海は生物の宝庫です。妻に「海底の調査」などと言っていたら、4年ほど前の誕生日に度付きの水中めがねをプレゼントしてくれました。

 小さなころから浜辺の観察が趣味。夏休みに親に連れられて海に行くと、波打ち際で石を一生懸命ひっくり返す子供でした。どんな生き物が出てくるかなと。

 長じて生物学者に。専門は細胞の老化です。細胞は分裂する前に遺伝子を複製します。その際に間違えるなどして、遺伝情報を収めたDNAが少しずつ壊れていく。傷が蓄積されると細胞の働きが鈍り、ひいては全身が衰弱します。

 DNAを壊れやすくする、寿命を短くする遺伝子もあります。死のプログラムによって世代交代を早めるのです。子には親よりも多様性があるから。環境の激変や弱肉強食の世界で絶滅を避けるには、多様性が有利に働く。死ぬものだけが進化し、生き残ったとも言えます。

 生き物にとって、死は自分に何のメリットもない半面、多様性を与えられた子孫や、自分を食べた生き物にはプラスです。生きている間は利己的でも、死は利他的――。この生物学的な死生観を基点に2021年、「生物はなぜ死ぬのか」を書きました。

 この本を読んだお年寄りから「私の仕事は、あとは死ぬだけです」といったコメントをいただきました。しかし実は、ヒトには老いても重要な存在意義があります。それを伝えたのが23年の著書「なぜヒトだけが老いるのか」です。

 哺乳動物を対象とした研究では大型霊長類のうち、生殖できない期間、すなわち「老後」があるのはヒトだけでした。たとえばゴリラとの違いは? 答えは「おばあちゃん仮説」が有力です。ゴリラは生後数日で、自力で母親の体毛にしがみつく。母ゴリラは両手が自由です。木に登れるし食べ物も採れる。ヒトは体毛がなく、母親は抱っこする。両手がふさがります。子育ての手伝いや母親の世話を担ったのが、子育て経験者のシニア。元気で長生きのシニアがいる家族や集団が生き残りやすかった。そんな説です。

■「おじいちゃん」にも役割が…

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